俺は走っていた。
人込みを避け、道に転がるゴミや看板を飛び越えながら
(・・・クソッ・・・・・・アイツ、どこ行ったんだ・・・)
ただひたすらに街を駆け、周囲に視線を巡らせる。
すると、急に視界が広がった。
立ち止まって見ると、そこはどうやらちょっとした広場のようで、
設置されたベンチに人が何人もたむろしている。
周囲の人達は、突然現れた俺を一瞥するだけですぐに仲間内の会話に戻る
俺は肩で息をしながらもう一度視線を巡らせると、

「おやおやぁ?珍しいねぇ、こんな所で会うなんてさ・・・」
「!?」

突如俺の背後で声がした。
「・・・お前は」
振り返ると、封鎖内でも会ったチャラ男が立っていた。
「久しぶりだねぇ 元気だったかい?」
ニヤニヤと言う。
「お前には、関係無いだろ」

あくまでそっけなく言う俺に対して、男はニヤニヤした表情を崩さずに
「そうだねぇ、君の事は僕には一切関係無い。・・・でも、もしかしたら
関係するかもしれないよねぇ・・・・・・」
芝居がかった口調でそういうと、横目で俺を見る。
「・・・どういう意味だ!」
俺が声を荒げると、男は外人の様に肩を竦めて
「いや、意味なんて無いよ?・・・あるのは・・・・・・事実だけさ」
といった
「ふざけるな!」
俺はその思わせ振りな態度に腹が立って、男に拳を繰り出した。
「おおっと、危ないねぇ」
そういいながらあっさり上体を逸らして拳を避けると、そのまま俺の腕を取って捩り上げた。
「・・・・・・ッ」
「この状態で悲鳴を上げないなんて・・・少しは封鎖で鍛えられたのかな?」
男は感心したように言うと、すぐに俺を解放した。
そして俺の顎を取ると、
これまで一度も見たことも無い真剣な表情になって、俺の顔を覗き込む。
「・・・なにすんだよ・・・・・・離せっ」
どういう押さえ方をしているのか、俺がいくら逃れようとしても、男の手からは逃げられなかった。
諦めて男の顔を睨み付けてやると、
「・・・君はさぁ・・・あれで終わりだなんて、思ってるんじゃないよねぇ・・・」
真顔でいきなりそんな事を言われた
「は?」
俺が聞き返すと、
「だから・・・非日常を追いやって、退屈な毎日を取り戻して・・・それで封鎖は終わり、
悪魔はもう来ません・・・・・・なんて甘〜い事考えてないよね?って聞いたんだよ」
「・・・なんだと?」

俺はこれで終わったんだとばかり思っていた。
日常を、取り戻したと思っていた。

「フフ・・・やっぱりねぇ・・・・・・」
男はそこでようやくいつもの軽薄な笑みを見せると、独りでクスクスと笑い出した。
「・・・・・・・・・」
無言で男を眺める俺に、
「君は非日常が本当に全部消え去ったと思っている様だけどさぁ・・・・・・
まだ一つ、大〜きなのが残ってるじゃない?」
男は笑いながら俺の顎を押さえていた手を離すと、

「・・・・・・ここにさぁ、まだ・・・あるじゃない?」

男が指差した先には・・・俺が
俺の躯があった。
「・・・・・・まさか」
なんとかそれだけ搾り出した俺に、男は追い討ちの様に告げる。
「そう、そのまさか・・・君はベルの王になったんだよねぇ・・・・・・?」
纏わり付く様な、愉しそうな声に俺は言葉を失った。

世界が反転したような感覚
周りの雑音が、総て遠退いたような
ぐらぐらと、揺れる視界
揺れているのは俺なのか、世界なのか
なんだコレ
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い・・・・・・

「おっと、大丈夫かい?」
その声で、俺は現実に引き戻された。
気付くと俺は男に支えられており、男はそれを愉しむように見下ろしている。
「・・・・・・・・・」
俺は男の腕を押し退けると、なんとか自力で立った。
男はニヤニヤしながら腕を離すと、こう続けた。

「君はもう踏み込んでしまったんだよ、引き返せない所まで・・・他の誰もが日常を楽しんでも、
君だけはずっと非日常に取り残される・・・・・・いずれは、呑み込まれるかもしれないねぇ・・・
その時、君は一体どうするんだろうね・・・・・・?」

「・・・・・・・・・俺は」
何か言おうと思っても、何をいえばいいのか判らない
「・・・まぁ、すぐに決めなくてもいいんじゃない?まだ多少の時間はあるみたいだから・・・・・・
今日はコレで帰るよ。このまま話してたら君が日射病で倒れてしまいそうだからねぇ・・・・・・」
男はそう言いながら、ゆっくりと歩きだす。
しかし、数歩歩いた所で一度だけ振り返ると

「・・・けど、忘れちゃあいけない・・・・・・例え君が嫌だとしても、忘れたくても、
その“力”は必ずついて回る。・・・・・・・・・逃れられないのさ・・・それじゃ、さよーなら」

男はそれだけ言い切ると、人混みの中に消えて行った。

残された俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「・・・・・・・・・俺は・・・」
どうしたらいい?
そのままぼんやりとしていたら、今度は別の声が聞こえた。

「おう、ミタカじゃねぇか」

声のした方を見ると、数人の仲間らしき人を連れたカイドーが立っていた。
「・・・久しぶりだな、元気してたか?」
前に会ったのが封鎖内だったから、普通の街で会うのは初めてだ。
「・・・・・・うん、まぁ・・・」
対応に困って、曖昧な返事になってしまった。
「・・・・・・・・・」
カイドーはそんな俺をしばらく眺めていたけど、急に周りにいた仲間に
「・・・悪ぃな、先いっててくれや」
と言った。
仲間の人達は得に疑問を持たずに
「うす、じゃ・・・失礼します」
と言って一礼して(何故か俺も一礼された)去って行った。

「・・・・・・ミタカ、お前・・・・・・なんかあったのか?」
カイドーは俺に近づいて、じろじろと顔を覗き込んでいる
「・・・いや、特には・・・・・・」
ベル神の事を知らないカイドーに心配を掛けるわけにはいかない
そう思って俺は言葉を濁そうとしたけど、
どういう訳かさっき感じた気持ち悪さがまだ抜けないでいる
ぐらぐらと、波打つように視界が揺れる

「・・・あっ、オイ!?ミタカ どうした!」
俺はカイドーの声をききながら、波打つ視界が反転してひっくり返ったのを感じた。

・・・・・・・・・
気付いたら、俺はさっきの広場のベンチに寝かされていた。
「・・・・・・?!」
上半身を起こすと、額から濡れタオルがずり落ちた。
「・・・・・・・・・・・・」
タオルを手にとり辺りを見回すと、ちょうどカイドーがジュースを両手にこっちに走ってくるのが見えた。
「お、起きたのか」
俺の前まで走ってくると、手に持っていたジュースを一本放ってきた
「ありがと」
礼を言いながら受け取り、遠慮無くプルタブに手を掛ける。
「・・・ったく、急に倒れるからビビるだろうがよ」
カイドーもプルタブを空けながら俺の方を見る
「あんな暑いトコでボケッとつっ立ってんなよ・・・
んな変なヘッドホンするくれーなら、帽子の一ツでも被れっての」
「・・・・・・」
どうやら、チャラ男が言うように俺は日射病になっていたようだった。
数分のつもりだったけど、随分とあそこで立ち尽くしてたんだろうな・・・。
「・・・オイ、まだ気分悪ぃのか?」
カイドーがしゃがみ込んで俺の顔を覗き込む。
「・・・いや、もう大丈夫・・・ゴメン 面倒掛けた」
俺がそういうと、カイドーは照れ臭そうに顔を背けて
「いや、気にすんな・・・お前も俺のダチみてーなもんだしよ・・・」
とぼそぼそと呟いた。
俺はそんなカイドーの態度に苦笑しながら、
「・・・そういやカイドー、仲間の人とどっか行く予定だったんじゃないの?」
と尋ねると、カイドーは仲間達が去って行った方を見遣って、
「あぁ、封鎖も解けたし・・・どっかセンター街にでも行くかっつってたんだよ」
と言った。
「そっか・・・追いかけなくていいのか?」
「まぁな・・・・・・けど、病人一人ほっといて行くってのもアレだしよ・・・」

といってまたそっぽを向いた。
なんだかんだ言って俺を心配してるらしいカイドーに若干申し訳なく思って、
「・・・じゃあさ、お詫びに夕飯奢ってあげるよ」
と俺は切り出した。
「あん?」
聞き返すカイドーに、
「・・・今日さ、ジンさんのお店で宴会やるんだ。良かったら来ない?」
と改めて誘うと、
「宴会・・・ジンさんの店で・・・」
と何故か訝しげにしている。
「・・・あ、未成年はお酒抜きだから大丈夫だよ」
と俺が付け足すと、
「んな心配はしてねーヨ・・・ってか、ジンさんが飲ましてくれねぇって」
と言った。
「あと、マリ先生も来てるよ」
とさらに付け足すと、
「お・・・おまっ、・・・バッカそういうことを先に言え!」
と顔を真っ赤にして口をぱくつかせる。

そういうことだから先に言わなかったんだけど・・・

案の定テンパったカイドーを眺めながら、俺は内心で一人ごちる
口にだしたら絶対殴られるからね。

「・・・じゃ、もうそろそろ準備も出来てるだろうし 行こうか?」
俺は軽快にベンチから立ち上がった。



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