「何やってんすか! しっかりしてください ナオヤさん!」
そう言いながら俺の首に絡みついたナオヤの指を
力任せに引き剥がす暖かい体温があった
ナオヤの手は力の入れすぎで、死体みたいに冷たかったから
その暖かさに懐かしさを覚えた
「がぁっ……げほっ……、がはっ…はぁ……はっ…、……ぁ……ぅあ…っは………」
俺は急に拘束から解き放たれ
涎と涙を流しながらその場で咳き込んだ
その苦しさが一瞬和らいだときに
声のした方を見ると、
青っぽいようなオレンジっぽいような人影がぼんやりと見えた
「……………ぁ…」
俺の意識はそこで一度
壊れたテレビが途切れるようにブラックアウトした。
・少し前 都内住宅街
俺はマンションを飛び出してから、ひたすらに走っていた。
幸い雨で普段より人通りが少なかったから
人にぶつからないように避けながら、走る
(…早くいかねぇと……)
大急ぎで駅へ駆け込み、階段を駆け上がる
自動パスに定期を通し、発車寸前の列車へ飛び乗った。
突然乗り込んだびしょ濡れの俺に、乗客の何人かが驚く
プルルルルル……
ガタンと揺れた後、ゆっくりと進みだした列車内で肩で息をしていると
俺の髪を雫が伝い、床へ零れた。
零れた水が繋がって出来た水溜りと、玄関に残したままのミタカの血溜りがオーバーラップした
(……頼む、…間に合ってくれ……)
俺は拳を握ると、今までで一番待ち遠しい数分間を耐え続けた。
駅を降りてすぐ、神宮前へと走る。
音信不通になる前、ミタカはナオヤさんの事をとても気に掛けていた。
けれど封鎖後すぐに天使達に囲まれて、数日自由に動けなかった。
…それからアイツは俺たちから連絡を絶って……
「…………」
大事な人が自分を拒絶した時、その人は何を思うだろう
逆に、大事な人を拒絶しなければならなかった時、その人はどれだけ傷ついていたのだろう
俺には想像することしか出来なかったけど、今の二人がどれほど辛い状況にいるのか
って事だけは理解できているつもりだった。
「ナオヤさん!居るんすか!?」
呼びかけながら、扉を叩く。
けど返事が無い
「……が……、……………と………を…、…………」
中からは僅かに声が聞こえるけど、
雨音に邪魔されてはっきりと聞こえない
「ナオヤさん!!返事してください!」
もう一度扉を叩く それから、何度も
「………、…………けれ……、…」
声が聞こえるって事は、居るって事だ
……俺に気づいてないのか…?
もういっそそのまま入ってやろうかと思った時
「……お前さえいなければ!!!」
ドアの向こうから
滅多に怒ったり声を荒げたりすることの無い
ナオヤさんの声が聞こえてきた
ヤバイ!
そう直感した俺は すぐさま部屋に入り、声のしたらしいほうへ向かった
「ナオヤさんっ!!!! ミタカ!!!」
すると
ナオヤさんに首を絞められ、今にも意識を失ってしまいそうなミタカを見つけた。
「何やってんすか! しっかりしてください ナオヤさん!」
慌てて俺はミタカの首に絡みついたナオヤさんの指を力任せに引き剥がした。
その指は本当に人間のものなのかと思うくらい力がこもっていて、
そして本当人間のものなのかと思うくらい冷たかった。
一度引き剥がしたらナオヤさんは抵抗するそぶりを見せなかった。
ミタカは暫く咳き込んでいたけれど、その場で意識を失った。
「…ナオヤさん……」
ようやく落ち着いたらしいナオヤさんを見ると
「…俺は、今 何を………」
力の入れすぎで白くなった自分の掌を見ていた
その、俺が普段目にしていたナオヤさんと、今見ている
吹けば壊れてしまいそうなナオヤさんとのギャップが、あまりに痛々しかった
「…今、ナオヤさんは ミタカの首を絞めて 殺そうと…かはわかんないすけど、そういうことをしてました」
こういうとき、どんな風に言えばいいのかは判らなかったけれど
事実だけを伝えておくことにした
「…俺、が……ミタカ を………?」
ナオヤさんは、そう呟いて
床に倒れたミタカを見る
その首にはくっきりと、手の形として残った青黒い痣が残っていた
「…ミタカ?……おい、ミタカ……?」
ナオヤさんが声をかけるけど
ミタカは目を覚まさなかった
良く見たらちゃんと体が上下してるから、生きてはいるみたいだ
でも喉とかは大丈夫なのか……?
医者呼ぶにしてもどうやって説明したらいいんだ……
「っははははははは!! とんだ茶番だな! 俺は!」
俺がミタカの容態を確かめていると、ナオヤさんはいきなり笑いだした
顔に手を当て、どこか壊れたように、狂ってしまったかのように
「アレを壊すためとこれまで生きてきたが、やったことは最初と変わらんとはな!!!
ククク……下らん、実にくだらんぞ………」
「ナオヤさん………」
俺の声も聞こえていないのか
ナオヤさんは暫く肩を震わせ哂っていた
けれど、その表情は笑っていると言うよりも
むしろ泣いているように俺には見えた
そのあとまた
ナオヤさんは魂が抜けたように ぼんやりとした表情で暫く座っていたけど
ミタカを抱き上げてベッドに寝かせ、布団をかぶせてから、
俺にバスタオルを放り投げて
壁にもたれて動かなくなってしまった
俺はその間、どうしたらいいかわからなくなって
とりあえず床でおとなしくしていた。
×
俺は気づいたら
床の上のミタカに跨り、その首を絞めていた。
何故そうしたかったのかは判らない
ただ衝動に突き動かされて、指に力を込めた。
焦点を失っていくミタカを眺めながら、
俺はこいつに何と言ったのだったか
「何故お前だけが神に愛されるんだ?」
「俺もお前も、どちらも等しく神の子だったはずだ」
「……お前さえいなければ!!!」
それらの言葉は、かつて神が俺の供物を拒んだときに感じた事だった
どれだけ生を重ねようとも、どれだけ経験を積み上げようとも
俺が何も変わっていないことを思い知らされた。
そして俺が弟を殺したという事も変わりようの無いことだった
……くだらない
実にくだらない、俺の人生など
いくらアレを倒そうとしたところで
結局は最初と同じ事を繰り返す
いくら口では弟を愛していると嘯いても
その弟が俺の思うようにいかないというだけでこのザマだ
……俺は”アベル”を愛していたのか、それとも”ミタカ”を愛していたのか
コイツを神を倒すための一つの駒として見ていたのか、
それとも弟として見ていたのか
それとも……
ふと顔を上げると、
ミタカは苦しげに眉根を寄せて
「……っ………く……」
時折苦しげな吐息が漏れる
うなさているのは明白なのに
なぜか体は身じろぎひとつせず
体だけ見れば死体のようで
「……ミタカ?」
呼びかけて傍に行ってやると
声が聞こえたわけでもあるまいが
「………ナオヤ……………いかないで……」
と俺の名を呼ぶ
顔にかかった長めの前髪をよけてやると
ぴたりと閉じられた目じりから
静かに涙が伝い始めた。
「ミタカ………俺は…」
涙はとめどなく流れ、目じりから耳の淵へとたまってシーツに透明な染みをいくつも作る
俺には悪夢を見ているらしいミタカの苦しみを取り除いてやることは出来ないが
安心させるように頭を撫でてやり、目じりからあふれる涙をぬぐってやることは出来た
「……俺は…………ここにいるぞ……?」
暫くベットの脇に座って見ていると
寄せていた眉根やシーツを掴んでいた手がわずかに緩み
また静かに寝息を立て始めた
「…………」
ミタカに手を伸ばし、俺がやったという青黒い痣をなでる
何度も、何度も
それでその痣が消えるわけでもなかったが
(………俺は、……結局何が欲しかったんだ……?……何がしたかったんだ……?)
問いかけるが、答えは出なかった。
他人の行動を読むことは容易かったが、先程の自分の行動を読むことはできなかった。
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