ラウンジの空気に耐えられなくなって、俺は2階へ上がってきた。
嗚咽とかそういうもんは流石にここまで届いて無くて、無人の空間独特の静けさが漂ってる。
(・・・どうすっかな・・・・・・)
廊下の真ん中で突っ立ったまま、ぼんやり考える。
アイツが死んだってのに、妙に冷静な俺自身に軽く自己嫌悪しながら視線をさ迷わせると、
「・・・あ」
半開きになった、アイツの部屋のドアが目についた。
(・・・そっか・・・今朝慌ただしかったからな・・・)
そう考えながら廊下を進んで、一番奥までたどり着く。
ドアノブに手を掛けたまま暫く考えて、
俺はドアを閉めずに半開きの隙間に身体を滑り込ませた。
先輩達が片したのか、アイツの性分なのかは知らなかったけど(多分アイツの性格だな)部屋は俺からしてみれば何も無かった。
綺麗に片付けられ、床には何も落ちてない。
「・・・・・・・・・」
机の上のノートを手に取ると、中にはアイツの几帳面な字で江戸川の総合学習の内容が書き込まれていた。
(・・・こんなモンマジメに受けなくてもいいのに)
・・・たまに昼寝でもしたのか、文字が歪んで途絶えてるトコがある。
(・・・そういや物凄い勢いで爆睡してたっけ)
授業中のアイツを思い出す。寝てるってわかんねーような絶妙の角度に姿勢を保ったまま、瞼を閉じている。
その姿と、今朝の動かないアイツが被って、俺は反射的にノートを閉じた。
机の上にはノートや参考書の他に、携帯やノーパソ(俺がよこしたネットゲームが入っていた)
タルタロスの探索の時ですら外さなかった音楽プレイヤーが、ヘッドホンに繋がれたまま置いてあった。
(アイツがどんな曲聴くのか、一回も聞いたこと無かったな・・・)
俺はいつもアイツがそうしていたようにイヤークリップ式のヘッドホンをはめると、プレイヤーの再生ボタンを押した。
ノリのいいギターの入りから、英語のメロディが流れてくる モールとかでも良く流れてる、割と有名所の女性アーティストだ。
他にもロックやラップとか、幅広い曲が多く入っている。
ただ俺が普段聴く時よりも若干音量がデカくて、良く俺らの話が聞こえたなって思った。
扉近くの戸棚を開けると、いろんなモンがおいてあった。
若干の本、CD、部活のユニフォームに私服、ヴァイオリン・・・
SEESの腕章に、ホルスターに収まったままの召喚器、それといくつかの武器に、装備品、回復アイテム・・・
こうして見ると、アイツの趣味とか個人の持ち物が、やけに少ないことに気付いた。
「これ・・・・・・」
視線を外した先 戸棚の裏側に、数枚の写真が留めてあった。
部活で撮ったらしい、ミヤや西脇の写った写真(大会かなんかなのか、
遠くにぼやけた早瀬とかいうスゲー奴もみえる)これも部活の写真か、
楽器を持った風花と、上級生らしいメガネの人が意見を交わしている写真。
新聞部の作った新聞にも載ってた、生徒会メンバーの写真・・・
11月に撮った、俺達と武治サンの写真、修学旅行の時の写真(清水の舞台に立つ、綾時の写真もあった)
裏には丁寧に、日時 場所 人物の名前や状況が書いてあった。
そしてそれらの写真に隠れるように、他のより少し色あせた写真が留めてあった。
「・・・・・・・・・」
写ってんのは、結構美人なスーツ姿の男の人と女の人 それと、半ズボンにネクタイを締めた、やっぱ前髪の長いちっさい湊だった。
小学校の入学式なのか、桜の舞ってるどこかの正門前で、三人とも微笑んでいる。
俺はアイツの両親が死んでるってことをクラスの奴らに聞いただけで、
実際にアイツとそういう話はあまりしなかった。
いつか話したければ話すもんだと思っていた。そん時はアイツん家だけでなくて、
俺ん家の話しとかもするんだろうって軽く考えてた。
・・・・・・けど、もうそんなありきたりな 当たり前にありそうな日常をアイツと過ごすことはないんだって思うと急に泣けてきた。
(・・・俺、なんで今んなって急に・・・・・・)
ぼやけてきた視界の中で写真を眺めてると、不意に声がした。
「あっ・・・順平君・・・・・・」
見ると、風花がドアから顔を覗かせていた。
「お、おう・・・風花か・・・」
眼に滲む涙を擦り、再生しっぱなしだったアイツの音楽プレイヤーを停める。
「・・・それ、有里君の?」
俺が持ったままのプレイヤーを風花が示す。
「アイツがどんな曲聞いてたのか気になって、な・・・」
俺はそう言うと、ヘッドホンを外してまた机の上に置いた。
「・・・あっ、このヘッドホン・・・・・・」
そういうと風花は黙っちまった。
「どした?」
「あ・・・うん・・・このヘッドホンね、前にわたしが作って・・・有里君にあげた奴なの・・・・・・
だから・・・ちゃんと・・・使って・・・・・・くれてたんだな・・・って・・・」
風花の声には次第に嗚咽がまじり、眼からは涙があふれている。
「・・・ごめ・・・・・・急に・・・・・・・・・順平君も・・・辛いのに・・・・・・
みんな・・・大事な人を亡くしたことがあって・・・また、辛いことが起きて・・・・・・
わたしはまだ・・・・・・そういうの・・・経験してなくて・・・・・・なのに・・・
なんだか自分だけ辛いみたいに・・・こういうときだから・・・・・・わたしがしっかりしないと・・・・・・いけないのに・・・」
風花は一生懸命涙を拭ってるけど、なかなか止まらねーのかうつむいて顔を覆っている。
「・・・みんな辛いさ・・・・・・誰が一番、なんてコトじゃねぇよ。辛いなら吐き出しゃいいんだ・・・俺達・・・・・・仲間なんだしよ・・・」
俺はポケットからハンカチを取り出して(日頃使ってなくてよかったぜ・・・)風花にさしだした。
風花は顔を上げるとハンカチを受けとって涙を拭った。
「・・・そうだね・・・・・・荒垣先輩の時も、桐条先輩のお父さんの時もそうだったもんね・・・」
そうだ、あんときは真田先輩が天田を、桐条先輩をゆかりっちが立ち直らせてんだ。
今回はそれがちとでかいってだけじゃねぇか。
「俺、アイツが死んじまったのに・・・前にチドリがいなくなっちまったときよか悲しくなくてさ・・・
“人の死”ってのは慣れちまうモンなのかって怖くなった・・・妙に冷静な自分に腹立って・・・
けどさ、今はそうじゃねぇ部分もあんじゃねぇかって思うんだわ」
「うん・・・死んだ人を悼むのと、落ち込んで逃げてるのは違うって 前に天田君も言ってた。
・・・みんなが立ち直れるように、わたしたちに出来ること・・・しよ」
「・・・そだな」
俺達に出来ること・・・アイツのためにしてやれること・・・ちゃんとかんがえねーと
二人で湊の部屋から出ると、まだ少し眼の赤い桐条先輩が携帯を片手に何やら電話してる最中だった。
「・・・はい、今回はこんな急な事で・・・・・・お預かりした甥御さんをこのような形でそちらに報告する事になるとは・・・・・・
本当に申し訳ない・・・はい・・・・・・はい、では・・・お待ちしてます」
先輩は通話を切ると、息を吐いて自販機前のソファに座った。
「・・・身内が亡くなったというのに・・・・・・何故ああも冷静でいられるんだ・・・」
俺と風花はその言葉に通話相手が誰なのかがわかった。
「桐条先輩・・・」
風花が声をかけると、先輩がこっちに気づいて顔をあげた。
「・・・君達か、今の電話・・・・・・聞こえてしまったか」
俺達の表情を見て、先輩が自嘲するように言う。
「・・・すんません」
俺が謝ると先輩は
「いいさ、気にすることじゃない」
と手を振った。
「・・・有里君の親戚の方・・・ですか?」
心配そうに尋ねた風花に先輩は、
「ああ、彼を引き取った親族に連絡をと思ってな・・・何かをして気を紛らわそうと思ったが・・・やるべきことはこんな事しか無くてな」
とアイツのことが書いてあるっぽい紙束を掲げながら言った。
「有里君も天田君みたいに・・・?」
「そうだな、親戚の援助で通っている。・・・もっとも、彼の場合は幾月によってここへ呼ばれたらしいが・・・」
先輩が手元の紙束をめくりながら言う。
「・・・そっか、アイツは綾時を持ってたんだもんな・・・・・・幾月の野郎が余計な事しなけりゃ、
アイツは死ななかったのかも知れねぇのに・・・クソッ」
俺がそう吐き捨てると風花が、
「・・・でも、有里君がいなかったら滅びを回避でき無かったんじゃないかな・・・?」
「あっ・・・そか」
現実ってうまくいかねぇのな・・・
「・・・それに、彼の場合ここに転校しなかったからといって幸せだったとは限らないみたいだ」
桐条先輩が付け足すように言う。
「えっ、どういうことですか?」
風花が聞き返すと、
「・・・彼の家はかつての桐条の名士会上位・・・いわばそれなりの家だったんだが・・・
十年前あたりから没落・・・とでもいえばいいのか・・・あまりよい状態とは言えなくてな。
そのあおりを受けて彼は遺産相続などの関係からかあちこちの学校を転々としていたみたいだ。
中学からはずっと一人暮らしをしていたらしい・・・」
と痛ましそうな顔で書類に眼を落としている。
「だからアイツの部屋には自分のモンがすくねぇのか・・・」
俺の呟きに先輩が、
「恐らく、度重なる転校と引越で自然とそうなってしまったのだろうな・・・」
と難しい顔をする。
「・・・そんなことが……」
風花が思わず呟いた。
「・・・だから、こんな事になってしまったが私は彼がこちらに来てよかったんじゃないかと思っている。
・・・戦いの原因が桐条家にあるとしても、だ。転校初日の彼が、よく“どうでもいい”と言っているのを聞いたが・・・
それも日を重ねる内に言わなくなったように思う・・・デスの影響かは判らないが、彼は少々クール過ぎるきらいがあったからな・・・」
先輩の話をききながら、俺は思い当たる節がいくつかあるのに気付いた。
最初は何でもただ淡々とこなすだけでスカした奴だって思ったけど、
いつのまにかそんなんでもなくなってた気がする。・・・たまに強引な戦闘とか始めてたけど、今んなって思えば、俺らのためっぽいし・・・
「私も、彼に逢えて良かったと思ってます」
風花が微笑んで言う。
「・・・無論、私もだ。他にもそう考える彼の友人は多いんだろうな」
先輩も同じ様に微笑んでいる。
「そうっすね。アイツああみえて顔広いから・・・古本屋の爺さんに、小学生に、坊さんに、社長に、病弱な兄さんに・・・・・・」
声にだして数えてたら先輩と風花が驚いた顔をした。
「ずいぶん幅広いな・・・」「・・・ホントに広いんだね」
「あとは学校にも何人かいたな・・・」
と俺が呟いていると、
「今回のことで、彼の親類は葬儀はこちらでやるから彼を引取に来るまでにお別れなどはそちらでやってくれと言って来てな・・・
終業式で彼の友人達が捕まりやすい明日にでも行おうと思うんだが・・・君らから彼らに伝えてもらえないだろうか?」
と先輩が言った。
「そっか・・・春休み入っちゃったら会うことも難しくなりますもんね・・・」
風花の同意に
「ああ・・・そういうことだ」
と先輩が頷いた。
「じゃあ俺は・・・ともちーとミヤと・・・あと誰だ・・・?」
「わたしは・・・えっと・・・ケイスケ先輩かな・・・」
「生徒会の伏見と小田桐、それから鳥海先生には私から言っておこう・・・
ゆかりや明彦には恐らく頼めないだろうから・・・すまない、君ら二人でなんとか伝えてもらえないだろうか」
そう続ける先輩の言葉に
「ういっす 了解っす」
「わかりました」
俺たちは二つ返事で頷いた。
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