次の日になるまで、俺達はアイツの異変に気づかなかった。
最初はいつもより良く寝てるんだとしか思わなかった。
卒業式の翌日、3月6日
記憶を思い出した俺達は、前の日までのどこかよそよそしい空気なんか
元から無いみてーな態度でそれぞれの朝を過ごしていた。
先輩二人は卒業したから、今日は寮で荷物整理をするらしい
俺達学生組は、めんどくせーけど明日の終業式までは学校があるんだよな…
卒業式と同時に春休みでもいいんじゃねーかってツネヅネ思う。
俺は前に真田さんにもらった目覚まし時計で眼を覚まして
(別に使わなくても良かったけど、起きないと真田さんに叩き起こされるんだよな…)ラウンジで時間を潰していた。
ソファにはゆかりっちと風花、それと桐条先輩がいた。
三人とも喋ったり新聞読んだりしてんだけど、上からアイちゃんが降りてきたのを見てアイサツをした。
「あ、アイギス おはよ」
「お早うアイギス」
「うぃーっす」
アイちゃんはなんでかちょっと暗い感じで、
「…お早う、ございます」
とぎこちないアイサツを返した。
そんなアイちゃんに風花が、
「アイギス、どうしたの?…元気ないようだけど」
と声を掛けた。
アイギスは一度今降りてきた階段に眼を遣ってから、
「……その、湊さんが…」
とだけ言った。
なんだよ、アイツまだ寝てんのか…
そう思った俺は、
「よーぅし、ならこの伊織順平サマがいっちょたたき起こしてやるか!」
とソファから立ち上がった。
「さってど〜やって起こしてやろっかな〜」
アイツが寝坊なんてのは滅多にないから、存分にからかってやるぜ
俺が階段に向かって歩きだすと、後ろをアイギスがついて来た。
部屋に付いてコイツを見たとき、俺はホントに寝てるんだと思ってた。
だから普通に
「おい朝だぜー?いつまで寝てんだよ、ガッコ遅刻しちまうぜ〜?」
と声を掛けてその身体を揺する。
けど湊は、身じろぎ一つせず瞼を閉じている。
「オマエ昨日からずっと寝てんだろ、オマエはあれか!4年に一度起きるオッサンか!?」
さっきよりも若干強く揺するけど、起きる気配がねぇ
俺は一度後ろで不安そうにしているアイギスを振り返って、
「なぁ、コイツアイちゃんが起こしに来た時もこんなだったん?」
と聞くと、
「…はい……その…」
となんかハギレの悪い返事をした。
「しゃーねぇ、こーなったら………」
俺は湊の頬を軽く叩いてみる。
………え…
……………………冷たい。
その…なんてーか、もう春先なのにニンゲンとしてありえねーくらいに冷たいんだけど。
首筋に手をやって、口元にも耳を寄せてみるけど、何の反応も無い。
「はあっ!?マジかよ! おい、起きろって……なぁ……おいっ!!」
どんだけ激しく揺すっても、湊は眼を覚まさなかった。
「…朝……いつもの時間に起床されていなかったので…起床を促すために来たんですが……
その…呼吸も、脈も停まってるみたいで……」
俺がアイギスを見ると、アイギスは自分でも判らないっつーカオをして言った。
「………嘘だろ…」
もう一度湊を見ると、本当にただ寝てるみてーにしか見えなかった。
「どうした!?」
俺の声を聞きつけて、下にいたみんなが部屋にやってきた。
「順平、なに騒いでんのよ。普通に起こしてあげないとかわいそうでしょ……って………マジになんかあったの?」
「おはようございます……みなさん、有里さんの部屋に集まって、どうしたんです?」
まだなにも判らないゆかりっちや天田少年が、扉の正面に立った美鶴先輩の脇から顔を出す。
「………湊が…」
俺がそう言ってベッドの上を示すと、先輩は即座に状況を察したのか駆け寄ってきた。
そして掛け布団の上に投げ出された左腕を取ると、袖をまくり上げて手を当てた。
「……え…ちょっと桐条先輩っ!?」
ゆかりっちが、突然の先輩の行動に声を上げる。
先輩は
「静かに!」
とだけ言って、次にさっき俺がやったみてーに首筋に手を当てる。
「………ッ」
先輩の顔色が明らかに変わった。
「…まさか……」
天田少年も異変に気付いたのか、静かに様子を見守っている。
そのまま先輩は口元に、次に胸に手を当てると
「…そんな」
とだけ呟いた。
その一言で、その場にいた全員に理解が出来たっぽかった。
「…え、ウソでしょっ!?」
ゆかりっちも駆け寄って来て、さっき俺がしたみてーに湊の身体を揺すり始める。
「…ねえ、……起きてよ。………もう朝だよ!?……いつまで寝たフリしてんのよ………ねえってばっ」
ゆかりっちは泣き笑いみてーな、焦点の定まってないカオで湊を揺すりつづける。
けど、身体を揺する手がズレて首筋に触った時
「……!」
思わず手を離してその身体と、じぶんの手を見比べた。
「…何を朝から騒いでいる」
「……真田さん」
ロードワークから帰ってきたらしい、真田さんがやってきた。
「その…リーダーが……」
「何?」
風花の声に真田さんは、俺を押しのけてベッド前にたどり着くと一度ベッドの湊を一瞥し、
傍で立ち尽くしている桐条先輩に声を掛けた。
「…おい、どうなってる!?」
「………わからない、我々が来た時には…もう」
「…なんだと!?……クソッ」
その場に重苦しい空気が流れる。
「嫌よ!」
全員の沈黙を破って、ゆかりっちが声を上げる
「…わたし、信じないんだから!……だって彼と約束したんだもん。
………春休みになったら…デスティニーランドに行くって……
お母さんと会うのにも、一緒に行ってくれるって……ウソよ、こんなの…ウソよッ……」
朝の寮に、ゆかりっちの悲鳴が響く。
「……ゆかりちゃん…」
風花がなにか声をかけようとするけど、何をいえばいいのか戸惑っているみたいで、結局口をつぐんだ。
「……ともかく、二年生の君達と天田は一度学校に行くんだ。もうすぐ始業時間になる」
桐条先輩の声に、ゆかりっちが噛み付く
「…こんな時に、学校に行けっていうの!?」
先輩はそれに動じず冷静に
「…こんな時だからこそ、だ。いつまでもここでこうしている訳にもいかないだろ。
……一度、彼を辰巳記念病院へ連れていく。その後我々に出来ることはあまりない…だから…済まないが、今は………」
やっぱ先輩も堪えてんのか、言葉の端々にムリが見て取れた。
「…わかりました 行こう、ゆかりちゃん……」
風花は頷いて部屋に入ると、座り込んだままのゆかりっちを連れて部屋を出ていった。
「…じゃ、僕も行ってきます」
天田少年も若干放心気味のまま、それに続いた。
「………………」
さっきからずっと黙ったままのアイちゃんに真田さんが、
「…おいアイギス……大丈夫か?」
と声をかけるとアイちゃんは、
「…………ハイ、大丈夫です……」
と明らかに大丈夫じゃない声音で返事をすると、
そのままふらふらと部屋を出ていった。
桐条先輩は残った俺に向き直ると、
「…済まないが、今はまだ彼の事は学園には知らせないでおいてくれないか」
と言った。
「…え、どしてっすか」
俺が聞き返すと、
「……彼が何が原因で…その、こうなったのか…まだ判っていない。
だから、その状態で闇雲に事を荒げるのは得策じゃない…」
はっきりとは”死んだ”と言わない先輩の言葉から、先輩もこの事実を認めたくねえってことが見て取れた。
「そうだな、下手なことをするとシャドウやニュクスの事にまで拡大しかねんからな」
真田さんが同意する。
「…了解っす ……じゃあ、鳥海センセには 風邪っていっときます」
「…頼んだぞ」
俺は部屋を出る前に、振り返ってもう一度だけベッドの上の湊を見た。
その姿は、朝日を浴びて穏やかに眠っているようにしか見えなかった。
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