作業をしながら三人は、お互いをなにか複雑そうな、何とも言えない顔をしていた。
なにか思い出そうとしているのかもしれない。僕はそんな三人を眺めながら、作業を続けた。


「・・・そういや先輩は、何でボクシングなんかやろうと思ったんすか?」
順平の疑問に、先輩は作業する手を止めて言った。
「・・・言ったことが無かったか?昔、自分の無力さを痛感したことがあってな・・・
それ以来、俺は“力”を求めてきた。拳を使うものなら何でもよかった。
それが、ボクシングだったというわけだ」
また作業を進めながら先輩は言った。
「無力、ですか・・・・・・僕も在ります・・・二年前、母さんを亡くした時・・・」
天田がしんみりと言う。
「・・・そうか・・・俺は昔妹を火事で、10月には親友を亡くしたな・・・」
「え、10月、って・・・あの・・・・・・荒垣先輩?・・・二人って親友だったんすね」
「ああ、もう14年の付き合いだな」
「そんなになるんですね・・・。僕と母さんより長いや」
「・・・“力”かぁ・・・・・・なぁ、オマエはどうだ?」
順平に話を振られて、僕も考えてみる。
「・・・僕は、自分は何もできないしなにかをやっても何も変わらないって思ってた。けど・・・
 ここへ来て、みんなに会ってからそうじゃないって思えるようになったんだ。
 ・・・だから、心の力・・・っていうか・・・・・・なんだろう・・・絆?みたいなものを、得られたと思う それが、僕の力かな」
それが今までS,E,E,Sとして過ごして来て、先月の戦いを乗り越えて、僕が感じたものだった。
「・・・・・・・・・・・・」

気付くと、三人が神妙な顔でこっちを見ていた。
「何?」
僕が首を傾げていると、三人は顔を見合わせて頷いて
「・・・いや、俺っちってさ・・・オマエの事、なんも特に苦労もせずにこなしてるんだと思ってたんだよな。
 勉強とか・・・あと、部活とか・・・だから、ちょっち意外でさ」
俺が出来無さ過ぎるだけなんかもしんねーけどよ
と投げやりに順平が言った。
そういえば、去年はよく突っ掛かられたっけ・・・懐かしいな。
「俺はお前はなにかを成し遂げるための努力をする奴だとは思っていた。
 ただ・・・お前はいつも無表情・・・ああ、いや・・・悪いな。淡々としているように見えていたからな、
俺も意外というか・・・・・・すまんな、何が言いたいのかよくわからん」
先輩が困ったように頭を掻く。
「・・・僕は、いつもしっかりした人だなーって見てましたけど」
「ちょっ、天田少年!?そこでなんで俺を横目で見るんだよ!」
慌てる順平に、天田がちょっと笑って首を傾げる。
「・・・だって順平さん、いつもテストが近くなると叫んでるじゃないですか。一度でも計画的に出来た事って、ありましたっけ?」
「そっ、そりゃあ・・・俺だって・・・・・・俺だってなぁ・・・・・・・・・・・・・・・」
順平の反論しようとする声が徐々にフェードアウトすると、先輩と天田が笑った
「順平、一本取られたな。悔しかったら来年度からはしっかりやるんだな」

「俺っちだって女の子を助けたりした事あるのになぁ・・・」
順平がいじけて言う
「・・・へぇ、順平さんが?誰なんですか?」
天田が興味をそそられたように聞く。
「・・・伊織が女子を助けるなんて意外だな」
先輩も驚いている

順平はフフンと鼻を高くしていたけど、すぐに俯いて、
「・・・・・・あー、それが・・・助けたのは本当なんすよ、けど、何で俺がその娘と知り合って、
そんな風になったのかが・・・思い出せなくて・・・・・・確かに俺はあの子の顔も声も覚えてんのに、
肝心のそこだけがすっぽり抜けてるんすよ・・・・・・これって…やっぱおかしいすかね・・・」
記憶補正の弊害みたいだ。順平 千鳥さんの事大事に思ってるから、このジレンマは辛いだろうな・・・
すると、天田や先輩もなにかに思い至ったように
「・・・お前もか、・・・・・・実は俺もなんだ。中学あたりからの記憶に、どうも自信が持てん。
 その頃から付き合いが有った美鶴にきいても、同じ事を言っていた」
「僕も・・・なにかはわからないですけど、何か大切な事を忘れてるような気がしてて・・・・・・」
三人は一様に不可解な顔をしている。
「有里、お前はどうだ?」
先輩に聞かれて、僕はそのまま答えた
「・・・いえ、僕は・・・別に・・・」
「・・・そうか、全員だったら なにかあるのかと思ったが・・・・・・」
先輩は首を捻ったまま、暫く考えていたけど

「・・・・・・うだうだするのは性に合わん、ほら、とにかく作業を終えるぞ 考えるのはそれからだ!」
それから僕たちは、残った作業を黙々とこなし、大体終わったのは零時を回ってからだった。

もちろん、影時間は来なかった。




「・・・・・・ふぅ」

僕は作業を終えてベッドに潜り込み、上半身を起こした姿勢でぼんやりとしていた。
適度な運動のおかげか丁度いい疲労感で、今ならぐっすり眠れそうだったけど
僕は“アレ”が起こるようになってから、眠るのが少し怖くなっていた。
眠っている間に、“アレ”が起こって、このまま眼が覚めないんじゃないかと眠る前にいつも考える。
約束を果たす前にいってしまったら、みんなはどんな顔をするんだろう・・・さっきの何とも言えない顔をしていた三人を思い出す。
そして、僕が街で知り合った、様々な人の顔を思い浮かべる。

Y子・・・もとい鳥海先生、どうやって教えようかと思っていたけど。あんなふうにわかっちゃうなんて・・・
先生のプライドとかそういうの、全部飛んじゃっただろうな、新学期からどう顔を合わせればいいんだろう・・・
あの時の先生を思い出すと、思わず笑ってしまう。できれば、いままでと同じ様にしてもらえればいいけど。
それでも、先生の中での”教師”って仕事の捉え方や考え方が何かいい方向に変わることが出来たなら、
本当に良かった。そういう意味では3年生なってからの授業が楽しみかもしれない。

神木さん・・・始めて会った時は、病気に悲観していた。けれど、いつからか・・・多分、童話を書き始めてから、
少しずつ 精神的には元気になっていった。彼が命をとして作り上げた物語は、本当に素敵で
悲しい話だけれど彼の命の輝きに満ちていた。最期に笑って逝けたなら、本当によかった。神木さんのお母さんに言われたように、
大事な人を大切に出来るように、僕も残りの人生を精一杯生きよう。彼の代わりになんておこがましい事は言えないけど。

舞子ちゃん・・・離婚っていう、大人の事情に板挟みにされて、それでもご両親の愛情を知りたくて、頑張っていた。
僕はあの子の家の事情に、どことなくあの頃の自分を重ねていた様に思う。叔母さんの事情に圧されて、息を潜めていた…
僕の子供時代、僕も舞子ちゃんみたいに話し合えば、行動すればなにかが変わっていたかもしれない・・・
僕はもうあの頃を取り戻せないけど、舞子ちゃんにはあの頃の僕みたいになってほしくない。
心から、そう思う・・・・・・けど、ご両親が僕に抱いたらしい誤解をどうやって解いたらいいんだろう・・・。

ほかにも、黒沢巡査、真宵堂の店主さん、無達さんや、田中社長、古本屋の文吉爺さんと光子さん・・・沢山の人を思い出す。
僕はもうどこにも居場所が無いなんて思わない。
僕には、沢山の仲間と、絆を結んだ人達が居る 僕は一人じゃないんだ。

だから不安はあるけど、きっと大丈夫だと信じている
僕は布団を被ると瞼を閉じた。



3月5日・・・約束の卒業式の日に、いつも通り起きられたことに一安心し、
支度を済ませてから登校時間まで勉強でもしようと机に向かった時、背後の扉からノックが聞こえた。



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