それから、僕は約二週間を病院で過ごし、
叔母夫婦の家へ引き取られた。

僕に目立った外傷はなかったけれど、
事故以来何に対しても反応が薄く、
両親が死んだというのに僕は泣くことが出来ないでいた。
医師は僕を一種のPTSD――心的外傷後ストレス障害 と診断して、二週間をその治療に宛てた。
治療といっても、簡単なカウンセリングと投薬、あとは
日々を無為に過ごすことくらいだったけど
その際叔母は、僕の実家から着替えや日用品を時たま持ってくる以外顔を見せなかった。


叔母夫婦の家は僕が住んでいた厳戸台からはやや遠く、とある都会の郊外にあった。
二階の空室を宛がってもらい、その日から僕は”有里”湊となった。
叔母は朗らかで優しく、叔父は温厚で寡黙で、突然の居候である僕に対しても良くしてくれた。
”それ”を見たのは、そんな生活に慣れて数ヶ月が経った秋口のことだった。
あの日僕は夕食を食べた後、満腹感からかそのままベットで眠ってしまい、
普段は起きているはずのない時間帯に目が覚めた。

「・・・・・・あれ・・・?」
机に置いてある時計を確認すると、深夜11時38分
僕は眠ってしまう前の事を思い出しながらベットから降り、
厨房で水でも飲んで来ようと寝ぼけ眼を擦りながら部屋を出た。
静まり返った廊下を進み、階段を降りる。
リビングへ続く扉の隙間から細い光と押し殺したような話し声が漏れてくる。
どうやら叔父と叔母がいるようだった。
僕は二人の邪魔をしないように息を殺し、その扉よりも向こうにある厨房へむかった。 
丁度リビングへの扉の前を通った時に、話の内容が聞こえてきた。

「・・・もしも湊が継承権を持っていたらどうするんです!」
「・・・・・・・・・持っていても僕らに不都合はないだろう」
「いーえ、あのときは姉さんに継承権もお株も奪われたけど、ようやく私たちにもチャンスが巡ってきたのよ、
 みすみすそれを逃してなるものですか!それにまだ私たちには子供がいないんですよ?
 今後どうなるかわかったもんじゃない・・・・・・」
「・・・・・・あの子がそれを狙うとは思えないんだが・・・」

・・・今のは・・・・・・
継承権とか狙うとか・・・
通り過ぎるつもりが、不意に自分の名前が聞こえて思わず足を止めた。
あの優しい叔母があんなに声を荒げるなんて・・・・・・
耳をそばだてるとまだ議論は続いていた。

「・・・今は良くても、今後はかわってくるかもしれないじゃない」
「・・・・・・しかし・・・」
「・・・大体貴方は甘いんですよ、そもそも貴方が・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」
僕は引き取られちゃいけなかったのだろうか・・・・・・
叔父も叔母も、顔にはださないけれど実は迷惑だったのかな・・・
今の会話を断片的に整理して、僕はそう結論づけた。
そして聞かなかったことにしようとゆっくりと身体を翻した時、


丁度リビングに掛けてある時計から12時を知らせる鐘が鳴り響いた。
そしてその鐘がなり終わる頃


不意に背後の明かりが消えた。
「!!」
叔母達に気づかれたのかと背筋に衝撃が走る
嫌な汗が滲むのを感じながらゆっくりと振り返り、リビングへと続く扉の隙間から中を覗くと、

そこには奇妙な光景が広がっていた。

リビングに設置してあるソファの上に、大人の人間大の物体が林立していた。
「・・・!」
さっきまで議論していた叔父と叔母の姿は無く、代わりに不気味な硬く冷たい箱。
僕はそっと扉を開き、中に入る。
「・・・・・・」
ソファの上の箱の脇に立ち、よく見れば柩の様な形をしている“それ”に触れてみる
すると、突如頭の中にあの事故の映像がフラッシュバックした

音の無い夜空と、そこに浮かぶ巨大な満月。
そしてあの闇色の襤褸をまとい、髑髏の様な仮面を被った“何か”がイメージの中に現れた時、
僕の心臓は早鐘を打ったように脈打ちはじめた。
「・・・・・・はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・・・・・・・」
乱れる呼吸に肺が軋み、喉を圧迫されるような苦痛に、僕はシャツを握り絞め、その場に膝をつく
噴き出す自分の汗に身体を冷やされ、急速に体温が奪われていく。
何とか呼吸を落ち着かせ、顔を上げた時


棺のような箱に映った自分の顔は汗にまみれ、眼は恐怖に見開いていたにもかかわらず、口がはっきりと笑みを形作っていた。


「・・・・・・!」
引き攣った顔で笑みを浮かべる自分と眼を合わせたまま動けないでいると、
棺に映った顔があの髑髏の様な仮面を被った“何か”とオーバーラップした。
「ぅあっ・・・・・・ぁっ・・・」
僕はよろめきながら何とか立ち上がり、胸を押さえ、脈打つ身体を支えながら部屋へ戻り、
そのままベットに潜り込むと、布団を被って丸くなった。
震える身体を抱き、眼をぎゅっと閉じて恐怖をやり過ごす。
そしてそのまま気絶するように眠ってしまった。

翌日に思い返してみても、その後夜になっても、またあの奇妙な夜を見ることは無かったけれど、
あの日真実だった事は一つだけあった。



「ただいま」
翌日学校から帰宅すると、叔母が出迎えてくれた。
「あら、お帰りなさい」
厨房で夕食の準備をしていたのか、エプロンをしている

「今日僕ね、テストで百点とったんだよ!」
と、その日あった嬉しいことを報告すると
「まあ、凄いじゃない 流石は姉さんの子ね」
と笑顔で返してくれた。

けれどその笑顔はどこか違和感があって、なんだか笑顔じゃないみたいだった。

「・・・・・・・・・・・・」
それを察して急に黙り込んだ僕を見た叔母さんは怪訝そうな顔をした
「どうしたの?」
「・・・何でもない・・・です」
僕は叔母さんの脇をすり抜けると、階段を上がって部屋に戻った。


叔母さん達に嫌われないように一生懸命勉強をした。
カシコクてイイコなら、叔母さん達は僕を迷惑だなんて思わないかもしれない。

テストで百点を取る度に、きちんとお手伝いをする毎に、叔母さんは僕を「さすが姉さんの子ね」って褒めてくれた
叔母さんにそうやって褒められる度、

僕はお母さんのコドモだからしっかりしないといけないんだ。 

と思って次はもっともっと頑張る様にした。
けれどテストで百点を取る度に、きちんとお手伝いをする毎に、叔母さんの笑顔にはどんどん違和感が増えていった。




叔母さんが実は僕を「よく出来る甥っ子」では無く、
「家督相続を脅かすかもしれない障害」と見ていることに気付いたのは中学に入ってからだった。


けれどその頃の僕には、作り上げた「優秀な自分」の仮面を外すことが出来なくなっていた。



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