「先輩、その…有里君と……一緒に行くんですか?」

翌日、大体の準備を終えラウンジで迎えを待っていると山岸が遠慮がちに聞いて来た。
一緒に、というのは恐らく彼の遺体と共に葬儀場へ向かうのか ということだろう
「…いや、私は家の車で別行動になるな…」
「そうなんですか……あ、すいません…深い意味は無いんです ただ…先輩が一緒だったら
 有里君も寂しくないかな…って思って」
山岸はそう言うと小さく微笑んだ。
私もつられて微笑むと、ちょうど玄関に車が停まる音がした。
「―――来たみたいだな」
そういって荷物を取り上げようとすると、玄関のドアが開いた。

「お久しぶりです お嬢様」
玄関先で一礼したメイド――菊乃は、私の前まで来ると荷物を預かり山岸にも一礼した。

「お久しぶりです」
山岸は自分が挨拶されるとは思ってなかったようで、慌てつつも礼を返した。
「あ…えっと、お久しぶりです…斎川…さん…でしたっけ…」

「はい、お傍御用を仰せつかっております…斎川菊乃と申します…
 昨年はお嬢様にお力添えをいただき…ありがとうございました」
菊乃が深々と礼をするのを山岸は遮って
「いえ!いいんです…そんなにかしこまらなくっても…私は、私達は出来ることを
 しただけですから……」
「そうですか…でも、ありがとうございます」
そういって菊乃は微笑んだ。

「…日程は?」
私が訪ねると
「はい、先ほど有里の家の方がお嬢様のご学友を連れに病院へ向かいました
 我々はこれより葬儀場へと向かい一泊、翌日に親族のみでの通夜、それから葬儀となります」
と答えた。
「そうか…わかった」

「先輩、あの…お願いしますね」
「ああ、君らの厚意…必ず伝えよう」
挨拶を交わして私は寮を出た。



×



車内で菊乃は、香典を一つ差し出してきた。
「……これは?」
見ると”御霊前 桐条英恵”と書いてある
「奥様に事情をお話したところ…お嬢様の大切なご友人ならば…と私にこれを…」
「…お母様が……」
受け取りつつ言葉を詰まらせると、
「私はお会いしたことが有りませんでしたが…お嬢様やあの寮にいらっしゃった方の
 ご様子を伺うに、とても大切な方だったんですね…」
と菊乃が呟いた。

「……ああ、彼は私だけじゃない…私達全員、誰にとっても大切な仲間だ」
それだけは、確信を持って言える。
彼は…私達SEESの中心だった――彼がいなくなった今になって、改めて気づかされた事だ。

「奥様は、もし桐条の名前が出ることで妙な事になるのだったら少々非礼になるかもしれない
 けれど別の香典と合わせるように と言っておられましたが…どうなさいますか?」
お母様は…彼の家について……気づいていたのか
私の表情に言わんとすることを察したのか、
「10年前はかなり上位に名前が挙がるお家柄でしたから…現在はだいぶ家自体も小さくなって
 今回の葬儀も集まる方はごく僅かになると伺いました」
と付け足した。
「…そうか……彼ならば…きっと家についてはこだわらないだろう…なにせこの一年、桐条の娘
 である私と屋根を同じくしていながら、一度も家の事を口に出さなかったからな…」
彼はきっと家柄よりも大切なものを見ていたんだろう…
「わかりました…では、このままにいたします」

それから数時間車を走らせ、宿泊場所に着いたのは夕方だった。
夜は菊乃とこれまでの活動や彼の話をした。
菊乃は彼について、
「私も是非お会いしたかったです…」
と、本当に悔しそうに呟いていた。



×



葬儀の数十分前に黒無地を着て葬儀場へ行くと、なにやら表が騒がしくなっていた。
見ると、僧侶が彼の親族らしき人間に何かを言っているようだった。
「…何があったんだ?」
私が呟くと、同じく黒無地を着た菊乃が
「確認して参ります…しばしお待ちを」
と言い残し、騒ぎの中へ入っていった。


戻ってきた菊乃は、なにやら複雑そうな顔をしていた。
「なんだったんだ?」
私が訪ねると、
「…あの僧侶の方は……どうやら、有里さんのお知り合いのようなんです」
と言った。
「何?」

彼の…知り合い…? 僧侶が…?
待てよ……確か伊織がそんなことを言っていたような…
「…話を聞いてみよう」
私がそういって歩き出すと、菊乃は何も言わず後をついてきた。


「だーかーら!何でコイツが死んだのかってきいてんじゃねぇかよ?
 あんたらコイツの身内だろうよ?何で答えられねえのよ?ああ?」
近づいてみると、僧侶の言う言葉が聞こえてきた。
彼の親族は皆一様に困ったような顔をしている。
僧侶だというのに妙に言葉遣いが荒いと思ったが、今はそんなことを気にしている場合
では無いと考え、声をかける。

「失礼、貴方は彼のお知り合いなんですか?」

突然の問いかけに僧侶だけでなく、彼の親族も驚いた顔をする。
「…アンタ、誰よ?アイツのコレかい?」
そういって僧侶は金の指輪のはまった小指を立てた。
「……失礼な…」
菊乃がそう呟いたが、私はそれを遮って
「私は…彼の友人です。彼の友人を代表して、葬儀に参列させていただきたく参りました。」
名前は名乗らずそう言うと、
「なんでぇ……アイツ、友達いねえなんて言いながらこんな綺麗なお姉ちゃんがいるんじゃ
 ねえかよ…そういや去年も男友達と街歩いてたっけなぁ…」
と呟いた。
「…貴方は、彼の知り合いなんですか?」
もう一度尋ねると
「…あぁ、俺ぁなまぐさ坊主でよ…前にちょーっと夜の店でアイツと会ったのよ……
 んで、説教したりされたりした仲でよ…俺が女房とせがれとヨリ戻したときにもう
 会う事もあるめぇって思ってたらよ……呼ばれた葬式でアイツが死んでんだな……
 んで、こんな再会の仕方ってあんのかよ…ってことでコイツが死んだ理由聞いてんのに
 身内のだーれも答えねぇのなぁ……」
とどこか寂しそうに彼の親類を見回す。

「…彼は、遠方の高校で一人寮生活を送っていました…ですから、親族の方に尋ねられても
 答えることは難しいでしょう…彼のことでしたらこの1年共に高校生活を送った
 私がある程度お答えできるかと思いますが…」
そう言うと僧侶は
「そうか…あいつは俺に説教垂れつつも頑張ってたのなぁ………まぁ、詳しい話は中でしようや」
そういって早々に葬儀場へ入っていった。
彼の親族も顔を見合わせつつ中へ入っていき、私と菊乃は記帳を済ませてから通された部屋に入った。
部屋にはすでに先ほどの僧侶が座っており、私達に気づくと声をかけてきた。

「葬式までまだ多少時間有るからよ…すまねぇがアイツのこと…教えてくれねぇかい?」
私はそれを承諾して僧侶の前に座ると、彼の事を話し出した。



話し終わると僧侶は僅かに目元を押さえ、
「そうかぁ……アイツが肺炎なんてもんで逝っちまうなんてなぁ…あんな殺しても死なねぇ様な
 態度してたのによぉ…なんでアイツが死んじまわねぇといけなかったんだろうなぁ…」
と呟いた。
「…………」
私は僧侶の言葉に返す言葉が無く、黙って俯く事しか出来なかった。

それから僧侶は暫く黙っていたが、ふと顔を上げると
「なら……アイツの葬式に俺が呼ばれたのも何かの縁だろ…立派な経唱えて俺の坊さんらしいとこ
 …ちゃーんと見せてやらにゃあ……」
と笑って部屋を出て行った。

それから暫くすると、今度は妙齢の女性が部屋を訪れた。
「貴方は……」
私が訪ねると、女性は小さな声で
「……湊の…叔母です」
と答えた。それから、
「この度は…わざわざお越しいただいて…ありがとうございます」
といって礼をした。
「…いえ、当然のことです」
礼を返すと、彼の叔母は
「あの子は……そちらの学校で…どんな様子でしたか?」
と尋ねてきた。
「彼は……誰とも真っ直ぐに向き合い、とてもよい友人を持っていました。
 そして…その友人達の、良き理解者だったと思います…」
彼の部屋で見つけた様々な品を思い出しながら言うと彼女は
「そう、ですか……」
と呟き、肩を震わせてハンカチで眼を押さえた。
「…すみません……突然に…、私が…あの子を……遠ざけたから………あの子は、いつも
 苦しんでいたんじゃないかって…あの子がいなくなった今になって思うんです……
 私が、家の事に気を取られて……あんな風に扱わなかったら…あの子は…湊は…
 いなくならずに済んだんじゃないかって……考えるんです…ごめんなさい……あの子を
 ずっと傍で見ていた貴方達の前で…ごめんなさい……」
そういって何度も頭を下げる。
彼女はどうやら、私が桐条の娘だと気づいているようだった。

「…こんな言い方は……失礼だと思うのですが」
ずっと黙っていた菊乃がぽつりと呟いた。
「私は…、もしも叔母様が彼を普通の甥として扱っていたなら……お嬢様やその友人のみなさんは
 彼と会う事が無かったかもしれません…私は話を聞いただけですが…皆さんは、彼と出会った事を
 …出会えた事を…誇りに思うと思います……ですから…今、叔母様がその様に考えていらっしゃる
 ……それだけでも、彼は報われるんじゃないでしょうか…」

その言葉に、彼の叔母ははっとして顔を上げた。
菊乃はそこで言い過ぎたと思ったのか
「……すみません、差し出がましい真似を致しました」
といって頭を下げた。
彼の叔母はその言葉に首を振ると、
「いえ……ありがとうございます…」
と泣きながら呟いた。

私は彼女に、寮を出る前に預けられた香典や献花代、それからお母様からの香典を差し出した。
彼女はそれを受け取って
「…ありがとうございます……大切に収めさせていただきます……湊は…本当に沢山の…良い
 友人を持って……私には、もったいない位だわ…」
と呟いた。

「…それと…もし、そちらさえよろしければ…これを棺……いえ、骨壷に収めてはいただけませんか?」
私は鞄から桐の小さな箱を取り出し、彼女に差し出した。
準備する際に菊乃に言って急遽取り寄せて貰った箱だ。
「…これは……?」
彼の叔母は箱を受け取ると、私に尋ねてきた。
「彼がずっと愛用していたものです」
私がそういうと彼女は箱を開けた。

中には彼がいつも付けていた携帯音楽プレイヤーが入れてあった。
学校でも、タルタロスの探索でも、ニュクスに立ち向かった時もずっと彼の首から下がっていたもの…
ずっと彼を見守ってきたプレイヤーを、彼の眠る所に一緒に入れてやりたかった。

「これ……ずっと、あの子が…付けていたんですか?」
幾分か涙の引いた叔母が箱の中のプレイヤーを見下ろして言う。
「…はい、学校へ行く際も、休日も…ずっと…彼の首に提がっていました」
そういうと叔母は泣き笑いのような顔をして、箱を大切そうに胸に抱いた。

「……これは…私が…あの子の高校の合格祝いに送ったものだったんです…」
大切そうに、箱を抱いて彼女は言った。
「でも…1年で高校を変えさせてしまって……使ってないものとばかり思っていたのに…」
彼女の眼からは、また涙が零れ落ちた。


「……ごめんなさい………湊…」


それから彼女はひとしきり泣いた後、
葬儀の時間になったら呼びに来ると告げて部屋を去っていった。

彼女が去ってから、菊乃が遠慮がちに呟いた。
「…あの、お嬢様……」
「……何だ?」
私が返事をすると、菊乃は
「私は、彼の事を…お嬢様に説明されたことしか知りません…ですが……今回彼と、
 彼の叔母様との間の何かが修復された…そんな風に思えます」
と言った。

親に売り渡された彼女だからこそ、彼の境遇に思う所があるのだろう。
私はそう思い、同時に彼女と同じ思いを抱いていた。

「……そうだな」




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