厳戸台分寮は、静けさに満ちていた。

寮に住む大半が学校へ行っている、と言うのもあるが
それとは違う、どこかぽっかりと空いた虚無感の様な…そんな静けさだ。

「クゥーン…」

そんな中、ラウンジに一人座るコロマルは寂しさに思わず声を出す。
いつもなら誰かが帰って来るまで大人しくしているのだが、
今日ばかりはそうもいかなかった。

主人を失って一人になってしまった自分を”仲間”と認め、共に歩んできた
この寮の生徒たち
その中でも、特に中心となって自分たちを引っ張ってくれた彼が…
昨日、主人と同じ所へ行ってしまったのだ。

「……クゥン…」

鳴いてもしょうがない事はもちろんコロマルにも分かっている
…けれど、鳴かずにはいられないのだ。
主人を失ってから望んだ「守るもの」を、守りきる事が出来なかったのだから
それは自分だけでなく、この寮に住む全員に言えることで
全員がその悔恨の念や悲しみを抱いているからこそ、いつも人の気配のあった寮に
のしかかるような静けさが生まれているのだ。

コロマルは、ふと彼を思い出す。
犬だからといって、特別扱いはせず、他の皆と同じように
自分を”仲間”として扱ってくれた彼
散歩や世話は丁寧で、あまり干渉しない点に好感が持てた。


”…なんだい?…おなかがすいた?……ちがう…?
 まあいい、じゃあ…もう少し一緒にいようか…………しょうがないなぁ…”

”…えっと…これは…その、………!…そう、ぬいぐるみなんです!
 ……だから…えー…っと…一緒に入れても…構いません……よね…?”

”おいで、コロマル”


じっとソファを眺めて、彼の言葉を思い出す
アイギスの通訳のおかげと、ここで日々を過ごすうちに
自分たちはなんとなく、意思が通じ合っていた気がする。

……今は、彼の死に誰もが塞いでいて
彼らからは悲しみしか感じられないのだが

コロマルがそんな事を考えていると、
ふと昨日彼の死が伝えられた時の情景が呼び起されてしまい
彼は思わずラウンジを出た。

そのまま階段を上って、二階へ
卒業した真田と美鶴は今は寮にいるはずだが、
二人とも部屋の片づけに没頭しているようで外に居る気配はない。

「………ワフッ…」

ため息をつくように小さく鳴くと、
コロマルはドアの並んだ廊下を奥まで進む
そこに、彼の部屋もあった。
金色のプレートに墨痕鮮やかな彫字で「有里」と書かれた扉が

コロマルには文字は読めなかったが、匂いでここが彼の部屋と分かっていた。
…皆には内緒で何度か部屋に上げてもらったこともあった。

「…クゥン」

今日何度目かになる鳴き声を洩らすと、後ろから声をかけられた。

「あれ、コロマル?」

見ると、ランドセルを背負った天田少年だった。
もうそんな時間なのか、そんな事を考えながら、部屋にいるであろう
真田に配慮して

「ワンッ」

小さく”おかえり”と声をかけると
天田も真田の部屋をちらっと見てから

「…ただいま」

と呟いた。
それから自分のそばまで寄ってきて、先程の自分と同じように
彼の部屋の扉を見る。
そこで一瞬だけ、天田少年の顔が悔しそうに歪んだのをコロマルは見逃さなかったが
何も言わずにその場に腰を下ろした。

それから天田少年は
「…もう、有里さんはいないんだよ」
とコロマルに言ったが、コロマルにはその呟きが自分に言い聞かせているように見えた。
それでもコロマルが動かずに座っていると、
何を思ったか天田少年は、いつかと同じように

「…ほら、誰も…いないだろ?」

と言って、扉を開けてくれた。
中に入って、辺りをうろつき
彼の部屋を眺める
誰かが片付けたのか、物の少なかった彼の部屋は
もっと殺風景になっていて、部屋の真ん中に私物の入ったと思しき
段ボールが2つ、置いてあるだけだった。

何度も同じ場所を行ったり来たりする自分に
天田少年が何かをこらえるように声をかけるが、
自分はそれを無視して、何度も部屋の中を歩き回る

嗅ぎ慣れた、彼の匂いのする部屋で
ふと、ベットの傍まで行った時、彼の匂いに交じって
自分の主人が亡くなった時に感じた匂いと、同じものを嗅ぎ取った

「クゥーン……」

それは、”死”の匂いだった。
腐臭とは違う、人では匂いとは違うと感じる人もいるだろうが
死んでしまった人独特の、雰囲気ともいえる何かが
ベットに残っていた。

その匂いを感じ取りたくなくて、コロマルはベットから離れ
彼の私物の入った段ボールに鼻さきを突っ込み、中を覗く。
その中に、何故かとても気になる匂いを感じ取り、コロマルは天田の方を見る
「コロマル、ダメだよ…ひっかきまわしちゃ…」
そう言って中に入ってきた天田少年に、コロマルは一声

「ワン」

と声をかけた。
他の仲間が修学旅行に行っている間、ずっと一緒にいた天田少年は
それで自分の言わんとする事が分かったみたいで、

「え…中に、なにかあるんだね?」

そう言って、段ボールの中を探り始めた。
またきちんと片付けられるように丁寧に出されていく物の中で
おそらく目当ての物が出てきた瞬間、またコロマルは

「ワフッ」
と吠えた。
「…これが見たかったの?」
そう言って天田少年が自分に見やすく差し出したものは、
人間の言葉で言う、「DVD」というものだった。
……ジャケットには『漢たちの戦い 最終章・初回限定特装盤』と書かれていた。

「…これ、前にアイギスさんが言っていた…コロマルが見たかった映画…だよね…」

そう、天田少年の言うとおり、自分が見たいと言い
夏に彼が映画館へ連れて行ってくれた映画のDVDだった。
あの日は動物は映画館に入れないと断られ、彼は何とかして入ろうと努力したが、
結局入れず見る事の出来なかった、あの映画だ。

あの後アイギスを通じて、彼にDVDを頼んでいたが…
彼は、覚えていてくれた………

彼亡きあとに見つけた彼の優しさに、コロマルはまた
その彼を失った悲しみを思い出し、泣いた。

「…クゥーン……」

天田少年にも私の悲しみが伝わってしまったのか、
目を潤ませながら、こう言った。
「…後で、美鶴さんに言って……これ、コロマルが貰えないか…訊いてみよう…
 有里さんが、コロマルの為に買ってきた……大事なものだから」

失って初めて、その存在の大きさ、大切さを思い知らされる。
その時のつらさは、どれほど時間が経とうとも…重く苦しいものだとコロマルには感じられた。




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