3月8日・・・春休みの最初の日・・・
・・・・・・有里さんが死んでしまってから、約3日経った。

僕はある程度落ち着いてきたけど、ゆかりさんや真田さんはまだちょっと難しいみたいで、
寮の中はいつもよりしんと静まっていた。

階段を降りてラウンジへ行くと、風花さんと美鶴さんが有里さんのお別れ会の準備
をしていた。
風花さんは僕に気づくと、
「おはよう、天田君」
と挨拶をしてくれた。
僕も
「おはようございます」
と返しながら、花が並べられたテーブルを見た。
チェック柄のクロスは白いクロスに変わっていて、色とりどりの花が置かれていた。
そしてその真ん中にある写真立ての中で、有里さんが微笑んでいた。

「・・・・・・・・・」
その“いかにも”な様子に僕が言葉を詰まらせると、風花さんもちょっと困ったような
顔をして曖昧に微笑んだ。
・・・落ち着いてきたとはいえ、やっぱりどこかでまだあの人は生きてるんじゃないか
って、そんな気がしてしまう。
あまり死んだっていう実感が無くて、改めてこういうのを見ると
現実を突き付けられたような気がしてしまうのは僕の錯覚だろうか。
祭壇から目を逸らしつつ風花さんに
「僕にも何かお手伝いできることありますか?」
と尋ねたら

「・・・うーん・・・じゃあ、お花を買ってきてくれないかな」
と言った。
「・・・花・・・・・・ですか」
僕が繰り返すと今度は美鶴さんが
「ああ、どうせなら盛大に送ってやりたいんだ・・・我々が彼に別れを告げられるのは
 この機会しか無いからな・・・」
と言った。
「・・・えっ?・・・お葬式は・・・」
と僕が言いかけた所で美鶴さんは
「・・・彼の引き取られた家はここからそう遠くないんだが・・・彼の実家の墓はここよりも
 遠方にあってな・・・葬儀自体もそちらでやるそうなんだ・・・・・・」
と説明してくれた。

僕は若干複雑な気分になりながらもその気分を振り払うように笑顔を作ると頷いた。
「わかりました じゃあ、綺麗な花沢山買ってきますね」
「・・・うん・・・お願いね あ、お金はこの中に入ってるから」
風花さんが差し出す財布を受取って、僕は玄関を出た。

「いってきます」




モノレールを降りて、映画館前の花屋―――ラフレシ屋へ向かおうとした時、
ふとたまり場へ続く路地が目についた。
僕は吸い寄せられるようにその路地へ入って行った。

たまり場にはもう荒垣さんの血の跡も、当たり前だけど近くにあった僕の家の痕跡も
無くて、平日でまだ朝のせいかいつもたむろしているらしい不良の姿も見えなかった。
あの時荒垣さんが倒れていた場所に立ち、僕は呟いた。

「・・・・・・有里さんが・・・死にました」

勿論声が聞こえるわけも無くて、僕はただなんとなく虚空に語りかける。
「・・・荒垣さん・・・・・・あなたに続いて・・・有里さんも死んじゃったんです・・・
 僕は、また何もできなくて・・・まだ守られるばかりで・・・・・・真田さんが、落ち込んだままで・・・
 僕、どうしたらいいんでしょう・・・・・・そもそも、何で有里さんは死ななければ
 いけなかったんでしょう・・・?・・・僕に、何が出来るんでしょう・・・・・・?」
この間からずっと考えていた事を呟きながら下を向く。
こんな時、あの人なら何て言うだろう・・・俯いたまま考えてみる。
少なくとも今の僕みたいにただ立ち尽くしてるような事はしない筈だ。

「・・・・・・・・・まだ何が出来るか分かりませんけど・・・もう少し頑張ってみます」
顔を上げて歩き出すと背後で“上出来だ”という声が聞こえた気がした。

僕は振り返らずにたまり場を出た。


路地を出たところで、映画館前にいたお兄さんに声を掛けられた。
「お前小学生だろ?・・・んな危ねえトコいくんじゃねえよ 今は昼間だから誰もいねえ
 かもしんないけどさ・・・何があるか分かんねえんだからよ」
言いながら僕の手を取って路地から離れたところまで歩いていった。
「・・・・・・はあ・・・」
僕が曖昧に返事をするとお兄さんは、
「あれ、お前・・・前に月高の奴と映画見に来てなかったか?」
と呟いた。
「・・・夏休みに、来ましたけど・・・・・・」
この人が誰なのか分から無くて、つい固い態度を取ってしまう。
お兄さんはそんな僕の態度に慌てて手を振って、
「あ・・・わりいわりい・・・俺は怪しいモンじゃねえよ?その・・・なんてーか・・・・・・
 そう!あん時一緒にいた月高生の知り合いだよ」
「・・・有里さんの?」
知らない人から有里さんの事を言われて、思わず聞き返してしまう。
お兄さんは頷いて、
「俺は月高OGでさ・・・アイツとはちょくちょく映画の話しとかしてたんだよ
 アイツ春頃は一人で来ること多かったのに夏の映画祭はなんか男友達とか女の子
 とか・・・果ては犬とかと一緒に来ててさ、それでお前のことも覚えてたんだ」
と笑った。
「・・・そうなんですか」
頷き返しながら、そういえば順平さんがアイツはあんな性格してて凄く顔が広い
って言っているのを思い出した。確かに学校だけじゃなくてこんな所にも知り合いが
居るのは広いのかもしれない・・・

「今日はどうしたんだよ 一人でこんなトコまでさ」
お兄さんが聞いてきたので
「えっと・・・花を買いに来たんです」
と答えるとお兄さんは
「花・・・・・・祝い事か?」
と首を捻った。
お祝いなら良かったけど・・・僕が花を買いに来た理由はその逆だった。
有里さんの知り合いらしいこのお兄さんには、伝えた方がいいのかもしれない。
僕はそう考えて、

「・・・お別れ会です・・・・・・有里さんの・・・」

とだけ言った。
お兄さんは一瞬固まった後、
「・・・転校か?」
と呟いた。
それから僕が首を振ったのを見て何かを察したのか、財布を取り出してそこから
千円札を二枚取り出して、
「・・・コイツで俺の分も花買ってアイツに渡してくれないか?・・・・・・ついでに、
 “お前と映画の話するの楽しかった。ありがとな”って伝えてくれ・・・」
と言って微笑んだ。
僕は最初お金を受け取るのを断ったけど、最終的にお兄さんの手によって握らされた。
お礼を言ってラフレシ屋に向かう途中で振り返ると、お兄さんは手を振ってくれた。



ラフレシ屋で両手一杯の花を買った後、僕はモノレールへ乗り込んで寮に戻った、
ラウンジにはまだお昼前なのに沢山の人が集まっていた。
それだけ有里さんが慕われていたんだと思うと、ちょっとだけ自分の事のように誇らしい気持ちになった。




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