「・・・以上で、今年度の生徒会の引継を終了する。今年度は私が家の事で暫く学校を空けて
 皆には多大な迷惑を掛けた、その他にも私が不甲斐無いせいで進まなかった議題もあっただろう・・・・・・」
言いながら、会議用の長机に集まる生徒会役員を見回す。

(・・・本当に、皆のよくやってくれた・・・・・・彼も・・・)
机のなかでぽつりと空いた空席に眼を遣り、もういない“彼”を思う

「・・・来年度からは修学旅行が無い代わりに以前から話のあった学校交流についての
 話が一年を通して進められるだろう・・・今期で生徒会を終える者も、来期も
 引き続き職務に就く者もいるだろう・・・その中で、この生徒会で学んだ事を生かし
 自らを伸ばして行ってほしい・・・・・・私からの話は以上だ・・・この一年、本当にありがとう・・・」
そう言って一礼すると、普段の朝礼でも無いにもかかわらず
役員達は万雷の拍手をしてくれた。

(・・・私は、学園内にもいい仲間を持ったのだな・・・・・・)
そんな事を考えながら、話が終わり生徒会室を出ていく役員達の中でまだ残っている
男女二人に声を掛けた。
「・・・伏見、小田切・・・・・・ちょっといいか」



「・・・はい、なんでしょうか?」
「どうなさったんですか会長、僕ら二人だけを呼ぶなんて・・・」
他の役員が全員帰った静かな生徒会室で、二人が不思議そうな顔をして立っていた。
生徒会役員の中で、二人が彼と特に仲が良いのは知っていた。
・・・彼等には、伝えなければならない。

「・・・・・・ああ」

いずれ全校生徒に知らされることだがと前置きして
「有里が・・・先日、亡くなった」
そう伝えると、伏見は手で口を覆い、小田切は眼を見開いた。

「会長、それはどういう・・・」
「・・・・・・有里さんが・・・」
絶句する二人に
「・・・この間から風邪をひいてな、昨日未明に突然肺炎で・・・・・・すまない、私達がもっと
 早くにしかるべき処置をしていれば・・・」
私がそう言うと、
「・・・いえ、会長の責任では・・・」
と小田切がフォローを入れてくれた。
「すまない・・・・・・ありがとう。君達は役員の中でも特に彼と仲が良かっただろう・・・
 急で申し訳ない、明日彼のお別れ会を行おうと思う。もし都合が合えば来てもらえないだろうか」

どうやら彼の死に動揺しているのはゆかりや明彦だけでなく・・・私もらしい、
あろうことか二人の気持ちも考えず用件を述べてしまった・・・
「・・・すまない」
もう一度謝罪すると今度は伏見が泣きながらも
「・・・そ、そんな・・・会長が・・・謝ることでは・・・ないです・・・会長だって・・・つらい・・・
 のに・・・わざわざ、私達に・・・伝えてくださって・・・・・・」
と呟いた。
「そうです、会長もお辛いでしょうに・・・ここ最近、同級生の方や会長のお父君・・・
 僕の比ではないはずです」
小田切が伏見の背をさすりながら言った。
それから、
「お別れ会の件ですが、僕は是非行かせてもらいます。・・・僕は彼のおかげで変われた
 だからこそ、最後にしっかりお礼を言いたい・・・いや、言わなければならない」
と言った。
伏見も幾分か落ち着いて
「そうですね・・・私が変われたのも、先輩のおかげですから・・・・・・」
と呟いた。
「生徒会に入って・・・最初はすごく不安でした。休んでいる間に会計になってて・・・
 それで、数学が苦手な上当時は男性恐怖症みたいなのもちょっとあって・・・」
「えっ」
慌てて小田切が距離を取ろうとするのを彼女は遮って、
「あ、すいません・・・昔です・・・今は・・・初めて会う人だとまだちょっと怖いですけど、
 知ってる人なら大丈夫ですから・・・」
と手を振った。
「そ、そうか・・・すまない」
と小田切が元の場所に戻ると
「有里さんが私にも気兼ね無く話しかけてくださって・・・ちょっとは前進できたんです。
 それに、会長にも声を掛けていただいたりして・・・私・・・来期も生徒会やってみよう
 って思ってるんです。前の私だったら、こんな事思えなかったから・・・」
しっかりした声で自分の決意を打ち明けた。
小田切もまた、
「僕は・・・昔は規律を正すには、力による統制が絶対だと思っていた・・・けど、
 彼の行動に、必要なのは心だと教えられた・・・僕は来期は生徒会長には
 立候補しないつもりだ。それは決して逃げだとか、そういうことじゃない
 一人の生徒として立った目線で、まずは出来ることをやってみようと思うんだ。
 ・・・こんな風に思えるようになったのも、彼のおかげなんだろう・・・」
と、静かに言った。
「・・・小田切・・・・・・」
「小田切さん・・・・・・」
私だけでなく伏見も小田切の“立候補しない”という考えに驚いたみたいだった。
「あ、す・・・すまない・・・隠しているつもりは無かったんだ・・・」
「いえ、とても素敵な考えだと思います・・・頑張ってくださいね」
伏見が微笑むと
「・・・ありがとう。君も来期の生徒会・・・頑張ってくれ。僕は中等部から生徒会
 をやっていた。だから・・・いくらでもアドバイス出来ると思う・・・」
小田切も微笑みを返した。

確かに今の二人を見ていると生徒会発足時よりも成長しているように見える。
(・・・彼のおかげで変わったのか、それとも彼をきっかけに彼等が気づいたのか・・・
 どちらにしろ、惜しい人物を亡くしてしまった・・・)
彼と知り合えたことは、この二人だけでなくきっと私にもなにか価値あるものを授けてくれただろう・・・
・・・・・・なぜ、彼が死ななければならなかったのか
いくら考えても判らないことだったが、あの日からたびたび考える
彼ほどの人間が、なぜ・・・

「・・・会長?」

伏見の声で我に返った。
「あ、ああ・・・すまない・・・」
謝罪しながら彼女の方を見ると、
「あの・・・お花とか、持って行ってもいいですか・・・?」
と彼女は言った。
「勿論だ ありがとう・・・彼も喜ぶだろう・・・」

そのあとは明日の時間と場所を告げ、珍しく三人で帰路についた。



帰宅後、二階の彼の部屋へと行った。
彼の親族が彼を迎えに来るのが9日…
彼の部屋の荷物を整理しなければならなかった。

まず戸棚にあるS,E,E,S関連の物を全て一カ所にまとめ、それから
衣類、書籍などを段ボールに詰めていく。
彼の私物は本当にわずかで、誰かに手伝ってもらう必要も無く片付いてしまった。
傾きはじめた夕日に照らされた部屋で、
他に何か片付け忘れたものは無いかと辺りを見回すと、
机に作り付けられた鍵付きの引き出しが眼についた。
鍵は刺さったままで、銀色の鍵が夕日に照らされ鈍く輝いている

(・・・すまない、開けるぞ)
内心で彼に謝罪しながら開けると、中には通帳や印鑑のような物だけでなく
他にも様々な物が入っていた。

手づくりらしいチョーカーや、“根性”とマジックで書かれたスポーツテープ
美しい模様の縮緬で作られた巾着袋に、古い車のキー・・・それから・・・・・・
順番に中に入っていた物を取り出しながら眺めていると
先程の車のキーと同じような、けれどそれよりは新しい鍵が出てきた。
「・・・これは・・・私の・・・・・・バイクの・・・」
かつて彼に“いつか一緒に乗ろう”と言って渡したバイクのキーだ。

(・・・そうか、ここには彼が絆を結んだ人達との証が入っているんだな・・・・・・)
いつの間にか私の眼からは涙が溢れていたが、私はそれを止めることが出来なかった。
さらに奥を探っていくと、一冊のぼろぼろのノートが出てきた。
使い込まれた品らしく、下の方の製本がほつれてきていた。
破らないよう慎重にページをめくると、そこには物語が書かれていた。

森で疎まれていたピンク色の鰐が、彼の親友の小鳥を食べてしまい、その罪の意識に
鰐は泣き続け、彼の涙で作られた湖にはやがて草花が咲き乱れる。
やがてその湖は彼を疎んでいた森の生き物達の憩いの場になる・・・

という、悲しいがどこか希望を与えるような作品だった。
(彼がこれを・・・・・・? いや、筆跡が違う・・・)
彼の知り合いがこれを書いたのだろうか、
どこかに作者を記す物が書かれていないかとページをめくっていくと、
裏表紙に掠れていたが名前が記されていた。

(・・・神・・・・・・これは・・・秋・・・か?)
完全には読め無かったが、恐らく彼に向けて記されたであろうこの作品をこのまま
世に出さないというのは惜しいように思えた。
私は暫く逡巡したが、桐条の出版部門へと電話を掛けた。



通話が終わり、引き出しの中にあった彼の貴重品を段ボールに仕舞い終え、
彼がかつて見ていたであろう部屋の景色を眺める。
(本当に・・・彼は沢山の人間に愛されていたのだな・・・・・・)

彼の笑顔を思い浮かべながら、もう呼ぶことはないであろう呼び名を口にする
「・・・・・・湊・・・」

私の心に残る彼の声が聞こえたような気がした。




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