学校が終わると、私は辰巳記念病院へと足を進めた。
受付で彼のいる病室を聞いて、そこへ向かう
途中順平らしき人影を見つけたけど、私は無視して角を曲がる。
彼と約束するのに誰かと一緒なのは何となく嫌だったから・・・

入院者を表すプレートになにも書かれていない病室の前にたどり着くと、
急に入るのが怖くなった。
胸の前で手を握り、威圧感を放っているように見える扉を見上げる。
(・・・ダメ・・・ここで帰ったら・・・彼に、伝えられないんだから・・・)

「・・・・・・・・・」
私は逡巡していた右手をようやく前に出す。
気持ちとは裏腹に目の前の扉はあっさりと開くことが出来た。

「・・・・・・」
扉を開いたことで締め切られた室内の空気が掻き混ぜられ、私の鼻にうっすらと線香の匂いを運んできた。
香水とは違う、どこか人の感情を麻痺させるような匂いを感じながら
カーテンの締め切られた薄暗い病室の奥へと視線を移す。

「・・・・・・・・・湊君」
呟いた先には、シーツに覆われた彼の姿
彼の横たわるベットの傍まで歩き、
去年の四月、寮がシャドウに襲われて倒れた彼を見舞った時と同じ様に見下ろす。
けれどあの時とは違って彼はもう眼を醒まさず、私に笑いかけてはくれない。

そっと、彼の顔を覆うシーツを外してみる

現れたのは、眼を閉じ眠っているような彼の顔。
ただその顔には生気が無くて、元々白い彼の肌を一層白く見せていた。
指先でそっと彼の頬に触れてみる。
それから手の平全体で、
彼は氷のように冷たくて、私にはっきりと彼の“死”を告げてきた。


『♪♪♪♪♪♪♪』


その時、制服のポケットに入れていた携帯が着信音を奏でる。
電源を切り忘れてたみたい。
慌てて電源を切ろうと携帯のフリップを開くと、よく知った名前が。
数秒迷ってから着信ボタンを押した。

「・・・もしもし、・・・・・・うん その事なんだけど・・・ちょっと、また今度にしてくれない?
 ・・・、・・・、・・・あ・・・ちがうの 会いたくないとかじゃなくて・・・私もちゃんと母さんと 話したいって思ってる
 ・・・・・・うん・・・けど、ちょっとまだ都合つかなくてさ・・・ゴメン・・・・・・
 いいのいいの、都合ついたらまたこっちから電話するから・・・・・・うん、じゃ・・・また」

電話を切り、そのまま電源も切ってまたポケットに仕舞う。
私は・・・ちゃんと前を向いて・・・生きなきゃいけない
冷たくなった彼の手を握って、私の額に当てる。

額を心地よく冷やす彼の手を感じながら呟く。
「・・・私・・・頑張るから、人が・・・ニュクスなんかを二度と欲しがらない世の中にしてみせるから・・・
 明日から、ちゃんと前向くから・・・だから・・・・・・だから・・・今だけは・・・泣いても・・・いいよね・・・・・・?」

それからまた彼の顔を眺める。
「・・・・・・・・・」
彼の頬に、透明な雫が幾つも落ちる。
ひとつ、ふたつと落ちて、彼の頬を濡らす

「・・・・・・・・・どうして・・・」
抑えていた想いが、言葉になって溢れ出す。
もう、自分でもわかんないくらい どうしようもなく
「・・・ずっと傍にいるって、言ったじゃない・・・・・・お母・・・さんにも・・・
 一緒に会ってくれるって・・・言ったじゃないっ・・・・・・っく・・・なのに・・・
 なんで今、いないのよ・・・・・・・・・っ」
彼の胸にしがみついて、ただ溢れる感情に身を任せた。
「ずっと・・・・・・ずっと・・・一緒にいたかったのに・・・なのに・・・
 なんで・・・いっちゃうのよ・・・・・・父さんも・・・君も・・・・・・」



暫くそうしていると、なんとか落ち着いてきた。
いつの間にか病室の中は更に暗くなっていて、カーテン越しに西日が差していた。
涙を拭って立ち上がると、彼の頬に落ちた涙をハンカチで拭う。
「ゴメンね・・・ありがと・・・・・・私、頑張るよ・・・・・・」
シーツを元通り彼に被せて、病室を後にする。

最後に一度だけ振り向いて小さく別れを告げる
「・・・さよなら」



病院を後にして、夕暮れ時の商店街を歩く。
ニュクスの影響が消えた今、カルトも消えてまた元通りの街が戻ってきた。
彼を失った私を除いて・・・

(いけない・・・)
また暗い方向に行きかけた感情を振り払うように軽く首を振ると、滲んだ涙が溢れないよう空を見上げる。
(・・・私は・・・前を見てなきゃいけない 彼との約束は未来でしか果たせない・・・)
眼を閉じ、また前を見る。

商店街の外れに、予備校があるのが見えた。
「・・・・・・予備校・・・」
私は進路を変更して、その建物を目指した。

(立ち止まってちゃいけない・・・ずっと、未来だけを見てなくちゃいけない・・・)
自分に言い聞かせるように、心の中で呟きながら。




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