Day After Route AMANE

・9月某日 都内公立高校

今日もミタカは来なかった。

8月の封鎖からもう二週間経った。
夏休みも終わって、また退屈で当たり前の学校生活が始まった。
その日常の慌ただしさに紛れるように、封鎖での経験も幾分か和らいで
あれは夏の夢だったんじゃないかと思うことさえも時々あった。
けど、新学期が始まって一度もミタカが登校していないことが日常に僅かな
ささくれを生じさせていた。
封鎖後の夏休みはなんとなく気まずくて、私の方から彼を避けていた節があったから
彼があれからどうしているかは判らない。

(ミタカが学校サボるなんて事なかったのに・・・)
授業が終わって帰る途中、校門へ向かう人混みの中に彼を探しながら、心中で呟く。
(・・・アツロウに聞いてもわかんないっていうし、どうしたんだろ・・・)
とりあえず歩きながら、今にも雨の降り出しそうな空を眺める。
彼もこの曇り空を眺めているんだろうか


「ちょっとユズーっ 何してんのよ!はやくはやく!」
「早くいかないと限定アイス無くなっちゃうでしょー」
「あ、でもユズはいつもチョコミントだからいっかー」


けらけらと笑いながら先を歩く友達が私を呼ぶ。
何気に勝手な事を言われてる気がする・・・
「ごーめーんー 今行くから!置いてかないでよー」
返事をしながら駆け出す。
途中で校舎の方を振り返ると、屋上に誰か立っているように見えた。
その姿は逆光になってはっきり見えなかった
もう一度よく見ようと立ち止まると、

「だーかーらぁー置いてくってば〜!」

また友達が私を呼ぶ。
それで我に返って私は彼女達の後を追いかけた。
その時既に人影は屋上から消えている事に気づかないまま




・夕刻 都内廃工場前

俺は学校の屋上から飛翔で移動すると、今朝言われた廃工場へやってきた。
携帯に連絡された位置をもう一度GPSで確認し、
パーカーのフードを被り直す。
それから僅かに小雨の降る、高層ビルに細長く切り取られた空を眺め、
多分に湿気を含んだどこか静謐な空気を肺一杯に吸い込む。
「・・・・・・・・・」
そして背後で口を開いていたかつての搬入口へ歩いていった。



・同時刻 都内某マンション

「・・・んー、なんっなんだこれ・・・・・・」
俺はPCのモニタに映し出された様々な記号や数字の羅列を眺めながら頭を抱えていた。
封鎖後ずっとPCの前で格闘してんのに、そのプログラムの傾向が見えて来ないのは何故だろう・・・
「やっぱナオヤさんて天才なのな・・・・・・ハァ」
ぼやきながらPCに繋がれた手の平サイズの機械を見下ろす。
これだけの大きさの中はブラックボックスなんて、どんだけあの人の頭の中は凄いんだ。

気を取り直してキーボードにまたプログラムを打ち込み、また修正する。
プログラムなのになぜかアッカド語やヘブライ語みたいな古典的なものが使われていて、
それがまた厄介さを三割増ししていた。
手っ取り早くコレの制作者に助言を仰ぎたかったけど、制作者であり俺の師匠のナオヤさんは、
封鎖での戦いの後俺達の前から姿を消した。

ミタカの事を“アベル”と呼び、俺達が神に従う事を拒み戦いを挑んできた、
俺達が決して敵と見なすことは無かった筈の人

アマネ――レミエルが言うには、ナオヤさんは“カイン”だったのだと聞いた。
かつて神に供物を拒絶され、そのため自分の弟を石で撃ち殺した原初の罪人だと。
そして現在までずっと転生を繰り返しているんだと。
俺はその話を聞いて、ナオヤさんの先読みや独特の発想はそこから来ていたと納得すると同時に、あの人を初めて怖いと思った。

誤解の無いように言うけど、あの時は対立したけど俺は今でもあの人を尊敬してる
ただ、紀元前・・・あるいはもしかしたら地球が出来た辺りからずっと、ずっと神を怨んできた。
その憎しみを、普段のどこか瓢々としたような態度の裏でずっと煮詰めてきたんだと思うと、
そして何度も何度も何度も別れや死を経験して来たんだと考えると、ナオヤさんの歩んできた人生が怖かった。
ミタカも“そんなのは拷問だ”と言ったけど、
天使や神の価値観はやっぱ俺達人間とは違うのか、それを“慈悲”だと言った。

それから封鎖が解除されて、
ミタカも俺達から連絡を絶った。
学校にも来ず、かといってナオヤさんを探している気配でも無い。
俺はそんな日常に無理矢理引っ張り込まれた非日常に違和感を感じながら、
とんでもないことが起こったのに以前と変わらず流れて行く日常に異常さを感じながら、
ただ非日常の断片を説き明かすことに没頭していた。
今考えればそれは神に従ったことに対する逃避だったのかもしれない。



・廃工場内

「っのヤロォッッ!!」
俺に向かってくるチンピラをあっさり避けると、
メールに添付された写真と俺を取り囲む連中を見比べ、目標の当たりをつける。

それから鉄パイプを振り上げたチンピラの、がら空きの腹に蹴りをぶち込み、
そのままそいつをその後ろにいた別の奴へとぶつける。
すぐ脇をナイフが掠めたけど構わず振り向き、その勢いを使いラリアットの要領で
男の鼻っ柱をへし折る。
そしてようやく目的の男に向かって足を進めると、

俺よりも年上の男は驚愕に眼を見開きこう叫んだ。
「おまっ、お前・・・なんだよ・・・何なんだよぉおぉぉおおおぉッッッ!!!」

俺はそのちんけな言葉に苦笑を漏らすと、自虐的に呟いた。
「―――――魔王だよ」





・再び都内某マンション

「・・・うわ、本格的に降ってきた」
俺がPCから顔を上げて窓を見ると、空はさらに暗くなり
いつの間にか小雨からざあざあとした本降りになっていた。

俺はPCに光が反射して見づらくなくのが嫌で部屋の電気を付けてなかったけど、
流石に暗いと思って廊下側の壁にあるスイッチをいれる。
すると雨模様を映し出していた窓が光を反射しかわりに部屋の様子を映し出した。

“ピンポーン”

丁度その時にインターフォンが鳴った。
俺は玄関の鍵とチェーンを外し、ドアを開ける

すると玄関前には
封鎖内で見た翔門会の礼拝服じゃない、黒っぽいワンピース姿のアマネが立っていた。
当然というか何と言うか、頭にあった大きな花飾りも付いてなかった。
けどその神秘的な雰囲気は相変わらずで、小柄な身体からオーラみたいなもんを雨で湿る空気に滲ませていた。

「・・・お久しぶりです」

ぺこりと頭を下げるアマネに俺は思考を打ち切って、
「ああ、久しぶり・・・元気だった?」
と尋ねた。
アマネはちょっと首を傾げて
「はい、あれから母の元に身を寄せております」
と言った。
「そっか、今日はどうして俺んとこに?ってか携帯に連絡してくれれば良かったのにさ」
と言うと
「・・・いえ・・・その、月森さんからの連絡が途絶えまして・・・もしかしたら貴方の元にいるのでは・・・と思い訪問したのですが・・・」
と言いにくそうに言った。
「連絡・・・? アイツなら学校にも来てないし・・・携帯も繋がらないんだよな」
と俺が言うと

「・・・いえ・・・そうではなくて・・・」
なぜかアマネは口ごもった
俺はその態度に俺達の前からいなくなったミタカに繋がる何かを感じとって
「・・・もしかして・・・アイツのこと、何か知ってんのか?・・・教えてくれ!
アイツが今どんな状態なのか・・・何してんのか・・・・・・頼む、お願いだ!」
とアマネの肩を掴み頭を下げると、アマネは一瞬の躊躇いの後頷いて、続けた。

「・・・現在天使は魔王と成った彼に・・・人間界に於ける神の敵を排除させているのです・・・
 私は神魔の声を聞けるという性質から、彼等の命を月森さんへと連絡する任を
 与えられていました・・・今日も彼に一人お願いしたのですが・・・いつもなら、彼から
 連絡があるのですが、今日は一切の反応が無くて・・・・・・」


「・・・それってさ・・・・・・つまり・・・アイツに人殺しさせてるってことだよな・・・?」

俺が呆然と呟くと
「・・・ですが、神の御心の下に命ぜられたことです。・・・ですから・・・・・・彼が罪に問われる事も
 排除された人間がメディアに上がることも一切有りません」
アマネは目線を逸らし、俯いた。
「アイツがやらされてるのって・・・要するに汚れ役じゃんか・・・・・・神が自分でやればいいのに
 自分の手を汚したくないから、魔王になっちまったアイツを利用してるだけじゃんか・・・!」
俺がアマネに詰め寄ると、
アマネは俯いたまま、さらに小さな声で呟いた。

「・・・・・・それが・・・、・・・神に仕えるということなんです・・・」

「・・・!」
俺はそんなアマネの態度に、彼女も責任を感じているんじゃないかと考えた。
自分が天使に言われるままアイツを救世主にしちまったから・・・

「・・・・・・あ・・・っと・・・、ゴメンな・・・・・・急にカッとなっちまって・・・」
俺はさっきまでの自分の態度を思い返し、恥ずかしくなった。
自分より年下の女の子に八つ当たりなんて・・・

「・・・いえ、いいんです・・・・・・」
アマネは顔を上げて、少しだけ微笑んだ。
「・・・すみません、お邪魔しました・・・・・・私も、天使達にまた・・・
 こういう事を控えてもらえ無いか・・・頼んで見ます・・・」
そういって最初と同じ様にぺこりと頭を下げてドアの連なるマンションの廊下を
歩いて行った。


俺は玄関先に立ったまま、霧でぼんやりと霞んだビル群を眺め、雨音に耳を傾ける。
(ミタカ・・・・・・お前・・・大丈夫なのか・・・・・・?)
今も変わる事の無い親友を想いながら。



・再び廃工場内

床に多数のチンピラが転がり呻いてたりうずくまったりしている中で唯一無事な男を見る。
フードに隠れた俺の顔がどう見えたのかは知らないけど、
男は尻餅を付いたまま
「ひッ・・・た、助けてくれ!・・・い、いやだ・・・っ・・・来るな・・・来るなぁ・・・・・・ッ」
と全力で俺を拒絶しながら、後ずさる。
俺はそんな男を何の感情も交えずに見下ろし、普通の歩調で近づく
この男が何をしたのか、何をしてきたか、妻がいるのか子供がいるのか実は不倫の真っ最中なのか
そんな事は一切興味が無い。
ただ、言われるままに殺すだけだ。

どうせ見放された俺には何もないのだから

男の前まで来ると、屈んで男の首を掴み上げる。
「ヒィ・・・ッ」
俺よりも背の高い男は軽々と俺に持ち上げられる。
「・・・・・・・・・」
じたばたともがく男を眺め、とっとと済ませようとした時

「&%#=<*\~./]";%#&!!!」
男が言葉になってない言葉を喚き、一層暴れる。
「・・・・・・っ」
それで倒されないよう身体に力を入れた時

「!」
ドスリと、自分の右腕に響く、有り得ない音を聞いた

俺はそこから噴出す痛みと熱に顔をしかめながら
首を掴む手に一層の力を込める。

「・・・ごめんなさい」

そして男は動かなくなった。
俺は男を放り出すと、雨の中を駆け出した。



・都内某マンション

俺は部屋でPCの前に座ったまま、作業をするでもなくぼんやりとしていた。
アマネから教えられたミタカの事情
アイツが学校に来ないのは多分天使や神関連のことをやってるんだろうってことは
見当がついてた。
(…けど、だからって…こんな……こんな役割ってねぇよな…)
心中でぼやきながら、俺は思案する。
俺から天使達に接触する機会はほぼ無いと言ってもいい。
俺にはアマネみたいな性質はないし、COMPも使えない今、ただの人間だ。
…だからといってこのままミタカを都合のいい駒みたいに利用する天使達を放置したくもない。

(一番可能性があるのは…やっぱナオヤさんを探すこと…だろうな…)
あの人なら、この状況からミタカをなんとかする方法を見つけ出せるかもしれない。
正直他力本願だって事は分かってた。俺の自己満足だとも思う。
それでも俺は俺の親友を放ってはおけなかった。

ナオヤさんが行きそうなところを考えながら、念のため携帯にメールを入れてみようと携帯を開いたとき、

”ドンドンドンドンッッッ!!”

また玄関が誰かが来たと音を立てる。
(…インターフォンを使えば良いのに……)
俺はその盛大な音に嘆息しながら、さっきと同じように鍵とチェーンを外す。

すると、

「アツ、ロウ…ッ!」

さっきまで話題に上がっていた、ミタカその人がびしょ濡れで転がり込んできた。


「…え、ミタカッ!? お前 どうしたんだよ……こんなびしょ濡れで…ってかさっきアマネが…」
数週間振りに会う親友に何を言っていいものか、若干焦りながらその体を支えると

「ごめ…ちょっと…場所借りる…」
言うなり、玄関先にぺたりと尻餅をつく。

とりあえず俺はバスタオルを持ってきてびしょ濡れの体を拭いてやろうとすると、
ミタカの体から零れた雫がやけに紅いことに気がついた。
「お前…コレって……」

改めてミタカの体を見ると、右腕の付け根辺りから折りたたみナイフの柄が覗いていた。

「…お、おいっ……怪我してんじゃんかよ!!……俺、包帯とかっ…」
慌ててまた部屋に戻ろうとすると、
「…いい、……大丈夫だから…」
と俺の服の袖を左手で掴む

立ち止まって振り返った俺をよそに、
ミタカは左手をナイフの柄にあてがうと、
「…ぅ…ぐっ」
うめき声を押し殺しながらもあっさりとソレを抜いた。

床に転がるナイフと、
途端溢れ出す紅い血液

俺が持っていたバスタオルをあてがう前に、ミタカの右腕の傍にピクシーが現れた。

「うっわぁ〜痛ったそ〜…大丈夫〜?」
ひらひらと腕の周りを飛び回りながらピクシーが言う。
ミタカはあくまでマイペースな仲魔に苦笑すると、
「……大丈夫じゃないから呼んだんだよ…ゴメン、治して…」
と言った。

「おっけぇ〜 任せて!」
言うなりピクシーが両手をミタカの傷に向けると、青白い光がともり始め
ものの数分で傷はふさがってしまった。
ミタカはピクシーに礼を言うと、また帰還させた。
ピクシーは
「あ〜っ アッ君じゃ〜ん!久しぶりぃ〜 また遊んでねぇ〜」
と俺に手を振って帰っていった。

「………」
静かになった玄関で、俺が何か言おうと口を開くと
それよりも先にミタカが
「ゴメン…玄関汚した……」
と申し訳なさそうに言った。
「気にすんなって、お前の怪我の方が大事だろ?」
といってバスタオルを渡すと
「…ありがと」
礼を言いながらバスタオルを受け取った。


それからびしょ濡れのミタカを風呂に入らせて、
俺の服を貸してやった。
よほど疲れていたのか、俺がキッチンでコーヒーを作って持って来た時には
ベットの端に座ったまま眠っていた。
「たぶんまだ天使やアマネも来ないだろうからさ…今はゆっくり休めよ……」
俺はコーヒーカップを机に置くと、ミタカをベットに寝かせ布団をかぶせた。

それから自分はPCラック前の椅子に座り、その寝顔を眺める。
前にあっていたときよりも痩せた様に見えるその顔はまだ残暑が厳しいのに白くて、
目の下にははっきりと分かる隈が現れていた。

「…お前……今の今まで…ずっと……どこで、何してたんだよ…たった一人で…俺たちに何も言わずに…」
巻き込みたくないが故の行動なんだろうか
それとも…別の考えがあるんだろうか
俺はミタカの考えていることを読み取ろうと推測を巡らせる。

とりあえず繋がるかはわかんないけど、ナオヤさんに連絡を取ろうと廊下へ出る。
玄関に残った血溜まりを眺めながら、携帯を耳に押し当てる。

1コール、2コールと電子音が響く
…………3コール、4コール、5コールした所で、電話が留守電に切り替わった。

『…だだいま、留守にしております…ピーっという発信音の後に……お名前とメッセージを…』

合成音声をやり過ごし、一応メッセージを入れる。
「…あ、俺です…アツロウです……ナオヤさん?…今……どこにいるんですか…連絡、まってます…じゃ…」
メッセージを入れるのは3回目だったけど、もしかしたらナオヤさんのあの様子だと、
俺たちと二度と会わないのかもしれないと思った。
けど、もしもナオヤさんがミタカを”アベル”とだけじゃなくて”ミタカ”として見てたなら…
また、ミタカの前に現れるんじゃないかって期待もあった。

「……、………、……」

部屋のほうから、微かに声が聞こえてきた。
ミタカが眼を覚ましたのかもしれない
俺は携帯を仕舞うと部屋に戻った。



ミタカはうなされていた。
シーツを手が真っ白になるくらい握り締めて、
額に汗を浮かべて。

苦しそうに、呻く
「…ごめんなさい……ごめんなさい………」

誰にに謝っているんだろう…
俺が知らないところで殺した誰かだろうか
それとも…

俺はそんなことを考えながら、ミタカの汗をぬぐってやる
そのとき、また僅かに唇が開いて 名前が聞こえた

「ナオヤ…………助けて……ナオヤ…………いかないで……おれを独りにしないで……!」

眼からは涙が伝っている。
「ミタカ……」
俺は何も言えずにタオルを握り締めて立ち尽くす。
(何も…何も出来なくてゴメンな……俺………いつも、お前に背負わせるばっかりで…)
親友が悪夢に苦しんでいるのに、俺はその助けになることを何もしてやれない
人に頼るばっかりで、ミタカに寄りかかるばっかりで…

「…………」
何かの贖罪みたいにミタカの汗をぬぐい続けていると、

"ピンポーン"

不意にまたインターフォンが聞こえた。
(何だ…また……)
俺が振り向いた姿勢のまま固まっていると

"ピンポン、ピンポーン"

と今度は二度、鳴らされる
俺はまた立ち上がると、とりあえず玄関の靴置き場の血溜まりには適当にダンボールを
敷いて誤魔化して、玄関を開けた。

「やぁ、やけに開けるのが遅かったねぇ?」

現れたのは、俺の家を訪ねてきそうな人間の中で、一番有り得ない奴だった。


×

「お…おまえは……」
驚いて後ずさった俺をよそにそいつは一歩玄関に入り、
バネで閉まりそうになる扉を背中で押さえてにやりと笑った。
「ん〜 いい反応だねぇ…そういう反応ならこっちも退屈しないよ」

「な…んで…お前が……あの時、確かに…」
俺が狼狽していると
「まぁ倒されたのは認めるよ…ちょっと悔しいけどねぇ? あの後さぁ……うっかりしてたら魔王……
 ああ、ミタカ君に呼び出されちゃってさ…ま、ボクの事なんてどうでもいいよね?」
と勝手にぺらぺらとしゃべり始めた。
「じゃあお前はミタカの仲間……仲魔?なのか?」
呟くと
「まぁ、そんなものだろうね……ボクとしては共犯者って言われるほうが嬉しいけど」
とまた哂う
それから、
「ミタカ君に頼まれてた事が判ったから来たんだけどさ…君の所にいるんじゃないのかい?」
と続けた。

「ミタカなら……今中で寝てるけど……」
部屋の奥を示すと
「へぇ〜…なら寝こみを襲うチャンスじゃないのさ」
とか何とか言って勝手に上がりこもうとするチャラ男を蹴っ飛ばして止めると、
「痛いなぁ…冗談の区別くらいはつかないと嫌われちゃうよ?」
とさして痛がってないような口ぶりで嘯く。

「…まぁいいや、君に伝言を残していくから 彼が起きたら伝えておいてよ」
そういってドアにもたれていた背を浮かせる。
その背後でゆっくりとドアが動き、そして音を立てて閉まった。
それからこいつが言った言葉は、俺を凍りつかせた。

「月森直哉の居場所がわかった」

「……!」
眼を見開く俺をよそに、チャラ男は続ける
「なんかここ2週間くらいずっとあちこち移動してたみたいだけど…今は……どうやら
 自分のアパートにいるみたいだねぇ…彼は」
俺の反応を愉しむ様に、ニヤニヤと

「ホント苦労したよ……彼ほどかくれんぼが得意な人間なんて居ないんじゃないかな?
 多分ボクほど有能な悪魔じゃないと場所が変わるだけでてんやわんやだろうねぇ…クククッ…」

チャラ男が何か言ってるけど、俺の耳には入ってなかった。
(ナオヤさんが…見つかった……)
それで俺はどうすれば良いのか、皆目見当がつかなかったけど

「…それじゃあ…ボクは帰るからミタカ君にヨロシクね〜」
そういってチャラ男はドアを開けて俺に一瞥をくれると、部屋を出て行った。

「…あっ……オイ!」

慌てて追いかけると、マンションの廊下には誰も居なかった。
ただ薄暗いいつもの景色が見えるだけだった。

俺は狐に化かされたような気分になりながら部屋に戻ると、
ベットで寝ていたはずのミタカも居なかった。

「…あ…あれ……ミタカ?」
キッチンにも、バスルームにも居ない
(…………まさか、今の話…)
聞いていたとしたら、まず間違いなくアイツはナオヤさんのとこに行く。

……けど、ナオヤさんが俺たちから連絡を絶ったなら…神を怨んだままだったなら…
多分、ろくなことにはならない

俺は慌てて玄関を飛び出し、雨の中を駆け出した。



・青山 某アパート前



「ナオヤ? いないのか?」
目の前のドアを適当にたたく、しかし返答は無い

気づいたらアツロウの家のベットで寝ていて、
何かじっとりとした汗をかいていたけど
玄関先で声が聞こえて外へ出ようとしたら

「なんかここ2週間くらいずっとあちこち移動してたみたいだけど…今は……どうやら
 自分のアパートにいるみたいだねぇ…彼は」

という言葉が聞こえてきた。
俺はアツロウには悪いと思ったけど、すぐさま飛翔でナオヤのアパートへ飛んだ。

それから延々と扉をたたき続けてるけど、
部屋の主が現れる気配はない。

「ナオヤ!返事してよ 居るんだろ!」
また呼びかけながら、俺は考える。


俺がアマネ―――天使や神に協力することを拒み
「俺が憎いか」と叫んだナオヤの顔が浮かぶ
いつも何かを企んでいてニヤニヤしているようなナオヤの
あんなに辛そうな顔を俺は初めて見た
ナオヤが何を思って 俺にあの言葉をぶつけたのか
本当に俺が神に協力することを良しとせず、あそこに現れたのか

俺にはさっぱり理解できなかった

 

ただ、ナオヤが俺を殺したのだと、
そういっていた

 

けれど、俺はアベルじゃない
ナオヤだってカインの記憶を持っているだけで
カイン自身ではないんじゃないかと思う

それをどうしてあそこまで信じ込み、辛そうにするのかが俺にはわからなかった。

 
だから俺はナオヤに会いたかった。
たとえ拒絶されようとも
もう一度会ってちゃんと話をしたかった
ナオヤが俺を見捨てているのだとしても
 

「居るってわかってんだからな!ナオヤってば!!」
さっきからたたいているせいで、もう右手が痺れてきた
ロキはここに居るといってたけど、人の気配が感じられない。
雨で静まり返った住宅街に、俺の声が滲んで消える。

(…中で倒れてたりしないかな)
いつまでたっても反応の無い事に不安になって、とりあえず開いてはいないだろうドアノブをひねると

 

カチャリ

 

存外あっさりと、そのドアが開いた。


ナオヤは防犯とかにはやたらと気を配る性質なので
(だから何でもかんでもプロテクトをかけるんだよね…)
鍵が開いているということは、一応室内にいるのだろう

いつも勝手に上がりこんでいるので
今回もそうしようと玄関に入り込み、戸惑った

 

神に協力したような俺が来て、
何と言えばいいのだろうか
ナオヤは、俺が憎いか?といっていた
そんな相手に俺が来ていいのだろうか
そう、思ってしまった

 
でも、俺は ただナオヤに会いたいわけじゃない
俺が神に協力した本当の理由を伝えたかったんだ。

言訳にしか聞こえないかもしれない
戯言に取られるかもしれない
それでも、俺はただ盲目的に神に従う傀儡じゃないって事を

(……よし…)
 

意を決して室内に上がりこみ、足音を立てないように
慎重に廊下を渡る
このまま真直ぐ行くと
右にキッチンとバスルームがあり
奥にリビングと寝室があるはずだ
歩いていく途中にキッチンを覗いてみたけど

ナオヤの姿は無く、生活感の無いキッチンとバスルームへと続く扉があるだけだった

ならばおそらくリビングだろう
そう結論付けて 奥へ向かう


リビングにはデスクトップ型のPCと
コタツに置かれたノートPC、
それとCOMPらしきものや
良くわからない基盤だとかコードだとかが
乱雑でない程度におかれていて、

カーテンはすべて閉まっていた

「まだ寝てるのかな……」

仕事柄徹夜が多いらしいとアツロウが言っていたのを思い出した
封鎖のせいで、疲れて寝ているのかもしれない
そう思って、さらに奥の寝室へ向かう



「……………ナオヤ…」 
ナオヤは、確かにそこにいた
けれど眠っているというよりは
停止している、と表現したほうがいいかもしれない
ベッドではなく床に座り、ベッドの脚のほうに体を預け
俯いているナオヤがいた

どこも悪いようには見えなかったけど
憔悴しているように見えた

(……どうしたんだろ…)

だから俺はいつものように心配して
不用意ににナオヤに近づいた。

「ナオヤ? どうした?大丈夫か?」
そう声をかけながら、ナオヤの横に回って肩をゆする


ナオヤの頭がぐらぐらと揺れるだけで、人形のように反応が無い。


「………………ん……」
2〜3回揺すったらようやく反応があった


やっぱり眠っていただけだったのかと安堵しかけたら、

 

ゴッ!!

 

突如として床に叩き付けられ、自分の頭が床とぶつかる鈍い音を聞いた

 

何が起こったのかと体を起こそうとすると
2本の長い腕が伸びてきて、俺の首筋に絡みついた

「がっ……は………!……ぁ…?」

とても人間の出す声とは思えないような音が
俺の喉から漏れる

その間にも、伸びてきた腕はさらに俺の首筋を締め上げる

「ぐっ…ぅ………っあ……!」

辛うじて目線だけを腕のさらに向こう
その腕の持ち主へと向けると

 
泣いている様な、怒っている様な、無表情のナオヤの顔があった

俺と目が合っても
表情を変えず
ただただ万力のような力を込めて
俺を締め上げる。

……ひゅーっ……ひゅーっ……

そんな音がのどから漏れている
それと同時に
俺の視界が端から黒くなり
ノイズが混じったようにナオヤの顔が見えなくなってくる

「…ぅあ………ぁ……っは…………ナオ……ヤ………っ…」

ナオヤに呼びかけようと思っても
喉は余り使い物にならず
呼びかけられた本人の手によって握りつぶされてしまう

 

なおやはおれをうらんでいるんだろうか

 

そんなことをふと思った
あんなにも大切にしてもらって、COMPを渡して、俺たちが死なないようにして
それで魔王になってほしかった従弟が

自分のだいきらいな神様に付くと知ったとき
ナオヤはどれだけショックを受けたんだろうか

 
黒いノイズに侵食されて、最早顔すらわからなくなっているナオヤに

腕を伸ばす

その腕が直哉に届いているかは判らなかった
ただ、届けばいいと思って腕を伸ばした

 

「…なぁ、ミタカよ 何故お前だけが神に愛されるんだ?」

 

さっきよりは腕の力を緩めて(とはいっても呼吸が出来るようなものではないのだけれど)
ナオヤが俺に、というよりは

独白に近い言葉を掛ける。


「俺もお前も、どちらも等しく神の子だったはずだ」


「それが何故 愛されるものと愛されないものを生んだんだ?」


「…ミタカよ、なぁ……何故だ?」

 

次第に言葉が歪に変容し始め
俺への呪詛に変わっていく

 
「お前が、羊飼いでなければ」

「お前が、お前でなければ」

あぁ、その先の言葉 何が言いたいのか…判るよ……

ノイズに侵食されすぎたせいで、俺はもう部屋の中も、ナオヤの顔も
何も見えなかったし鬱血でもしているのか、頭の中がぼんやりしていて
ただ雨音に俺の喉が立てる音が混ざるだけで

おれというにんげんのしこうがつかいものにならなくなってきているのだとしても

 

「……お前さえいなければ!!!」

 

これまでで最高に呪詛のこもった叫びとともに
これで終わりだといわんばかりに腕に力がこもる

「……ぐぅ…………ぁ………、……っは……、……、……………ぅあ……」

何かを謝りたかったけれど
もう俺の声は声じゃなかった気がする
何かを伝えたかったけれど

もう届かない

徐々に力が入り
それによって狭まっていく思考の中で俺は思った

 
俺は、ここで壊れてしまうのだから もう 何も届けられない
俺の腕がようやく床に落ちた

ああ、ちからがはいらなくなってきたな・・・・・・





俺の体から力が抜けるのとは逆に、ナオヤの腕はまだまだ
力を込めてくる
機械の様に、俺を殺すという命令を全力で遂行しようとする様に。



「……、………、……っ………、……、……ぁ…………」





こうなってから、どれくらいたったかな……
体の感覚がなくなってきた
1時間くらい、こうしているような気がするけど
たぶん、まだ数分だろう
部屋が薄暗いせいか
部屋全体が停止してるように見える…
雨音をBGMに、俺はナオヤに殺される

俺はナオヤに殺されるなら
もう、それでもいいと思った


それでナオヤの気が済むのなら……






「ナオヤさんっ!!!! ミタカ!!!」





突如としてその凍りついたような
止まったような時間が破られたような気がする
俺にはもう何も見えなかったから
あまり覚えてないけど


×








「何やってんすか! しっかりしてください ナオヤさん!」

そう言いながら俺の首に絡みついたナオヤの指を
力任せに引き剥がす暖かい体温があった

ナオヤの手は力の入れすぎで、死体みたいに冷たかったから

その暖かさに懐かしさを覚えた

 

「がぁっ……げほっ……、がはっ…はぁ……はっ…、……ぁ……ぅあ…っは………」

俺は急に拘束から解き放たれ
涎と涙を流しながらその場で咳き込んだ

その苦しさが一瞬和らいだときに
声のした方を見ると、

青っぽいようなオレンジっぽいような人影がぼんやりと見えた

 
「……………ぁ…」

俺の意識はそこで一度 
壊れたテレビが途切れるようにブラックアウトした。





・少し前 都内住宅街

俺はマンションを飛び出してから、ひたすらに走っていた。
幸い雨で普段より人通りが少なかったから

人にぶつからないように避けながら、走る

(…早くいかねぇと……)
大急ぎで駅へ駆け込み、階段を駆け上がる
自動パスに定期を通し、発車寸前の列車へ飛び乗った。
突然乗り込んだびしょ濡れの俺に、乗客の何人かが驚く

プルルルルル……

ガタンと揺れた後、ゆっくりと進みだした列車内で肩で息をしていると
俺の髪を雫が伝い、床へ零れた。

零れた水が繋がって出来た水溜りと、玄関に残したままのミタカの血溜りがオーバーラップした
(……頼む、…間に合ってくれ……)
俺は拳を握ると、今までで一番待ち遠しい数分間を耐え続けた。


駅を降りてすぐ、神宮前へと走る。

音信不通になる前、ミタカはナオヤさんの事をとても気に掛けていた。
けれど封鎖後すぐに天使達に囲まれて、数日自由に動けなかった。
…それからアイツは俺たちから連絡を絶って……

「…………」
大事な人が自分を拒絶した時、その人は何を思うだろう
逆に、大事な人を拒絶しなければならなかった時、その人はどれだけ傷ついていたのだろう
俺には想像することしか出来なかったけど、今の二人がどれほど辛い状況にいるのか
って事だけは理解できているつもりだった。

「ナオヤさん!居るんすか!?」
呼びかけながら、扉を叩く。


けど返事が無い

「……が……、……………と………を…、…………」

中からは僅かに声が聞こえるけど、
雨音に邪魔されてはっきりと聞こえない

「ナオヤさん!!返事してください!」
もう一度扉を叩く それから、何度も


「………、…………けれ……、…」

声が聞こえるって事は、居るって事だ
……俺に気づいてないのか…?

もういっそそのまま入ってやろうかと思った時



「……お前さえいなければ!!!」

 

ドアの向こうから
滅多に怒ったり声を荒げたりすることの無い
ナオヤさんの声が聞こえてきた
ヤバイ!

そう直感した俺は すぐさま部屋に入り、声のしたらしいほうへ向かった

「ナオヤさんっ!!!! ミタカ!!!」

すると



ナオヤさんに首を絞められ、今にも意識を失ってしまいそうなミタカを見つけた。


「何やってんすか! しっかりしてください ナオヤさん!」
慌てて俺はミタカの首に絡みついたナオヤさんの指を力任せに引き剥がした。
その指は本当に人間のものなのかと思うくらい力がこもっていて、
そして本当人間のものなのかと思うくらい冷たかった。

一度引き剥がしたらナオヤさんは抵抗するそぶりを見せなかった。


ミタカは暫く咳き込んでいたけれど、その場で意識を失った。

「…ナオヤさん……」
ようやく落ち着いたらしいナオヤさんを見ると

「…俺は、今 何を………」

力の入れすぎで白くなった自分の掌を見ていた
その、俺が普段目にしていたナオヤさんと、今見ている
吹けば壊れてしまいそうなナオヤさんとのギャップが、あまりに痛々しかった
 

「…今、ナオヤさんは ミタカの首を絞めて 殺そうと…かはわかんないすけど、そういうことをしてました」

 
こういうとき、どんな風に言えばいいのかは判らなかったけれど
事実だけを伝えておくことにした

「…俺、が……ミタカ を………?」

ナオヤさんは、そう呟いて
床に倒れたミタカを見る


その首にはくっきりと、手の形として残った青黒い痣が残っていた


「…ミタカ?……おい、ミタカ……?」

ナオヤさんが声をかけるけど
ミタカは目を覚まさなかった
良く見たらちゃんと体が上下してるから、生きてはいるみたいだ
でも喉とかは大丈夫なのか……?

医者呼ぶにしてもどうやって説明したらいいんだ……



「っははははははは!! とんだ茶番だな! 俺は!」



俺がミタカの容態を確かめていると、ナオヤさんはいきなり笑いだした
顔に手を当て、どこか壊れたように、狂ってしまったかのように



「アレを壊すためとこれまで生きてきたが、やったことは最初と変わらんとはな!!!
 ククク……下らん、実にくだらんぞ………」

「ナオヤさん………」

俺の声も聞こえていないのか
ナオヤさんは暫く肩を震わせ哂っていた

けれど、その表情は笑っていると言うよりも
むしろ泣いているように俺には見えた

 
そのあとまた
ナオヤさんは魂が抜けたように ぼんやりとした表情で暫く座っていたけど
ミタカを抱き上げてベッドに寝かせ、布団をかぶせてから、
俺にバスタオルを放り投げて

壁にもたれて動かなくなってしまった

俺はその間、どうしたらいいかわからなくなって
とりあえず床でおとなしくしていた。


×



俺は気づいたら

床の上のミタカに跨り、その首を絞めていた。

何故そうしたかったのかは判らない
ただ衝動に突き動かされて、指に力を込めた。

焦点を失っていくミタカを眺めながら、
俺はこいつに何と言ったのだったか


「何故お前だけが神に愛されるんだ?」

「俺もお前も、どちらも等しく神の子だったはずだ」

「……お前さえいなければ!!!」


それらの言葉は、かつて神が俺の供物を拒んだときに感じた事だった
どれだけ生を重ねようとも、どれだけ経験を積み上げようとも
俺が何も変わっていないことを思い知らされた。

そして俺が弟を殺したという事も変わりようの無いことだった

……くだらない
実にくだらない、俺の人生など
いくらアレを倒そうとしたところで
結局は最初と同じ事を繰り返す

いくら口では弟を愛していると嘯いても

その弟が俺の思うようにいかないというだけでこのザマだ
……俺は”アベル”を愛していたのか、それとも”ミタカ”を愛していたのか
コイツを神を倒すための一つの駒として見ていたのか、
それとも弟として見ていたのか

それとも……


ふと顔を上げると、

ミタカは苦しげに眉根を寄せて

「……っ………く……」

時折苦しげな吐息が漏れる



うなさているのは明白なのに
なぜか体は身じろぎひとつせず

体だけ見れば死体のようで



「……ミタカ?」

呼びかけて傍に行ってやると
声が聞こえたわけでもあるまいが

「………ナオヤ……………いかないで……」

と俺の名を呼ぶ
顔にかかった長めの前髪をよけてやると
ぴたりと閉じられた目じりから
静かに涙が伝い始めた。

「ミタカ………俺は…」

涙はとめどなく流れ、目じりから耳の淵へとたまってシーツに透明な染みをいくつも作る
俺には悪夢を見ているらしいミタカの苦しみを取り除いてやることは出来ないが
安心させるように頭を撫でてやり、目じりからあふれる涙をぬぐってやることは出来た


「……俺は…………ここにいるぞ……?」


暫くベットの脇に座って見ていると
寄せていた眉根やシーツを掴んでいた手がわずかに緩み

また静かに寝息を立て始めた

「…………」
ミタカに手を伸ばし、俺がやったという青黒い痣をなでる
何度も、何度も
それでその痣が消えるわけでもなかったが

(………俺は、……結局何が欲しかったんだ……?……何がしたかったんだ……?)
問いかけるが、答えは出なかった。
他人の行動を読むことは容易かったが、先程の自分の行動を読むことはできなかった。



×








次に目を覚ましたとき、
俺はさっきまで脇にあったはずのベッドの上で、布団をかけられていた


おきようとしたけれど
体が思うように動かず、なによりも喉が痛い

 

俺の動きを察知したのか
なぜかびしょ濡れでバスタオルを被ったアツロウが

「ミタカ、起きたか?」
と声をかけてきた。

「ぁぁ………」

声を出しても、掠れたような無声音しか出ない俺の声に
アツロウは苦笑して

「だいじょぶそうでは ないかもな」

そういってミネラルウォーターのペットボトルを差し出そうとして、
慌ててキャップを緩め俺に渡してくれる。

俺は力の入ってない手でそれを受け取り、
3割くらい零しながら飲んだ
冷たい水が喉を冷やし、多少は楽になってきた気がする


それで俺は、どうしてここに

 

それを考えたときに
これまでの経緯が思い出された

封鎖のこと
ナオヤのこと
そして俺がとった行動
ナオヤが俺にやったこと

そういうものが、全部頭の中にフラッシュバックした

「ナオヤ………」

とりあえず、ナオヤに声をかけると
ベットの脇に座って放心したような顔をしたナオヤが

目線だけをこちらに向けた
それから何かを堪える様に俺から目線を逸らした。
 

ナオヤの眼に浮かぶ感情は何だろう
怒り、後悔、それとも………憎悪…?
俺には推し量ることが出来ない。


ただ先程の凶行で傷めたらしい喉の鈍痛を感じながら、
神に従い対峙した時の事を思い出した。

”お前は俺が憎いのだろう?”

俺は憎んでなんかない
本当は……本当に憎んでいたのは………
そこまで考えたら、知らず知らずのうちに言葉が口をついて出た。



「…ナオヤは……俺が、憎い…?」

「!!」
俺の言葉にアツロウとナオヤの両方が俺を見る
アツロウは心配する様に、ナオヤはぎょっとした様に。

「……なんで、お前…そんなこと…」
アツロウが何か言おうとするけど、俺はそれを遮って


「だってそうだろ! ナオヤは……ずっと、俺を…大事にしてくれて…」
一緒に住んでいた時、夜勤であまり居ない両親の代わりに俺の世話を焼いたのは
授業参観に来てくれたのは、勉強を教えてくれたのは
それでいつも笑って、"お前は俺の弟だからな”って頭を撫でてくれたのは

「…それで……俺を、使って……神を………倒そうとして…」
俺に利用価値があったからじゃないのか?
それとも、ほんとに俺を愛してたの?

「なのに……俺…俺はッ………神に…ナオヤの嫌いな、神様に……付いて…」
途中から何を言いたいのか判らなくなってきて、俯いてしまう。



「…ミタカ、もういい」

俺はその声を無視して、半ばずり落ちるようにしてベットを降りると
ナオヤの襟首にしがみついて言った。
「…ナオヤは……俺なんかもう要らないんだろ!?」
俺から顔を背けたままのナオヤに、俺は怒鳴りつける

「…おい……ミタカ…」
アツロウが俺を止めようとするけど、
俺はもう収拾が付かなくなって、封鎖が終わってずっと溜め込んでいたものを、吐き出す。

…本当は、そんなことが言いたいんじゃなかった
ナオヤにそんなことを聞いて、肯定されるのも怖かった
ただナオヤに見放されることへの不安や恐怖が入り混じって、
俺は言葉を浴びせ続ける。

「なら……、俺を殺せばいいだろ………さっきみたいに…」
俺の目からはいつの間にか涙が流れていて、頬を濡らす。


「……なんだと」
ようやくナオヤからも反応があった
逸らした顔を、僅かに俺のほうに向ける
その顔は無表情で、それが逆にナオヤの怒りの強さを表していた。


「…俺は、ナオヤのため……って言ったら…押し付けがましいけど……でも、
 ナオヤの敵になるために救世主になったんじゃない……ッ…」
無表情を見返しながら、俺は叫ぶ


「…ナオヤに嫌われるなら、見捨てられるなら………救世主なんて、要らない…
 俺なんか……要らないんだ……なら、俺が憎いナオヤの手で……」

    いっそのこと殺してくれ

そう言いかけたところで、俺はナオヤに胸倉を掴まれた。



「…俺に、殺せと言うか…お前を!」
俺の声よりもはるかに強い声で、ナオヤは叫ぶ


「…俺が、どれだけ後悔したと思う?…俺が、お前を憎いなどと何時言った!?」

俺はその声に頭を殴られたような気分になった。
……ナオヤは…おれをにくんで、いない……?


「…なら、なんでっ……」
あんな事聞くんだ
言いかけたとき、アツロウが言った。

「…ミタカ……コレは…俺の推論だけどさ、ナオヤさんは……お前を本当に嫌って
 あの言葉を言ったんじゃないと、思うんだ……」

「…………?」
俺がアツロウを見ると、アツロウは俺とナオヤを交互に見て

「…その…なんていうか……お前もさ、自分の好きな人を…誰かに取られたら…
 嫌だって思うだろ?……ましてや自分の嫌いな人に自分の好きな人を取られたら…尚更ヤだろ?
 …だから、ナオヤさんもそれと同じ気持ちになったんじゃ…ないかな…と俺は思うん……だけど…」
後半からナオヤを伺いながら、アツロウは続ける。

…確かに…俺もアツロウやナオヤやユズを俺の嫌いな奴に取られたら嫌だ。
俺のことが嫌いで離れてったのかって思う……


思い当たる節の有る俺の顔を見て、アツロウは言った。
「…だからさ……なんていうか…そう、可愛さあまって憎さ百倍?…みたいな…
 ナオヤさんはお前を怨んであんな事言ったんじゃないんだよ……多分…」
本人の前で言ったことでアツロウの顔は真っ赤になっている。


「そう、なの…?」
俺がナオヤの服を掴む手を緩めてナオヤを見上げると、

「お前は俺に憎んでいて欲しいのか」
と聞いた。


それは絶対に嫌だ そう思って
首を激しく振ると


「……なら、そういう事だ」

それから俺の首筋にうっすらと残った痣を撫でる。
慈しむ様に、愛しむ様に
「…………すまなかったな、ミタカ」


それだけで、俺には十分だった。
俺はナオヤの首筋にしがみ付くと、声を震わせて泣き出した。
ナオヤはそんな俺の頭に手を回して、いつもしてくれるように俺の髪を撫でた。


×




和解してからは、この二人の状態は俺が見た限りでは以前と同じようだった。

なんでかミタカはナオヤさんの膝の上に座り、
時折見上げては嬉しそうにする。

(…よっぽど辛かったんだな……拒絶されたこと…)
さっきまでの狂騒を思い出して、それからこの二人の誤解とかがなくなってよかった
そう思った。
「…さっきお前は俺の敵になるために救世主になった訳ではない…といったな」
不意にナオヤさんがミタカを見下ろして言った。

「うん?……うん、言った」
ミタカが不思議そうに言葉を返すと
「あれは…どういう意味だ?お前は俺が神を憎む事をあの時点で知っていただろう」
詰問するでもなく尋ねたナオヤさんにミタカは

「俺…ナオヤは神が勝手に人間界に干渉するのが嫌なんだと思ってたんだ…だから…
 俺が救世主になって、神の言う通りに動いて地位を上げたら…俺が人間界に干渉
 しないで…って言ったら、聞いてくれるんじゃないかって思ったんだ……」
気まずそうに顔を背けて呟いた。

「…お前が手の内に入った所で奴が人間界への干渉をやめるとは思えんが……」
ナオヤさんがそれに対して反論すると、
「…俺は、もし神や天使と戦争になってナオヤが死んだら、そっちのほうがヤダ…
 だから、俺がそういう風にアレを説得できたら…って思ってた……ヒルズで
 ナオヤの事……聞いたけど…アレって要するに神がナオヤの供物を拒んだから
 ナオヤはアベルを殺したんだろ?」
ミタカはある意味では自分のこととも取れる事さえもあっさりと言った。

「……………まぁ、…そうだな」
ナオヤさんはその事を気にしてんのか、言いづらそうに呟いた。
「…けどさ、それってどう考えても悪いのは神じゃんか ナオヤがあげたものを受け取らない
 だけじゃなくてさ、天使の言う平等を神自身が破ってることになるじゃないか」
ミタカはさらに言う。
「だから俺はそれを神に認めさせたいんだよ ナオヤを怨んでるとか、嫌いだとか
 人間のためとか、そんなこと一切関係ない…俺の自己満足だけど……」

「…だが、それでお前が奴の為に汚れる必要は無い筈だ」
ナオヤさんは何かを反論しようとして、それだけ言った。

「いい、ナオヤが転生だとかで苦しまないで済む様になるなら…構わない」
ミタカは首を振った
「待て、俺が構う」
ナオヤさんが言うけど、ミタカは聞かなかった。
「大丈夫……心配しないで 俺、頑張るから…」

そこまで言ったところで、不意に玄関のインターフォンが鳴った。

「!!」
ミタカはビクリと身を硬くし、ナオヤさんは眼を眇めて扉の向こうを睨んだ。

「あの、俺出て来ましょうか…?」
二人の妙な反応にとりあえずそう言うと、
「いい、俺が行く………天使だ」
ミタカがナオヤさんの膝の上から立ち上がって歩いて行った。
途中でナオヤさんを振り返り
「じゃあね、ナオヤ……また来るから」
と微笑んで手を振った。

ナオヤさんは最後まで何か言いたそうにしつつも
「……ああ」
と頷いた。

俺はとりあえずミタカを追いかけつつ、同じ様にナオヤさんを振り返り
「俺も…また来ます。 次着た時は…COMPの事とか…教えてくださいよ」
遠慮がちにそういうとナオヤさんは苦笑して、
「……考えておく」
と呟いた。



玄関先では、20代前半に見える男と、30代くらいに見えるサラリーマン風の男が立っていた。
それから20代の方の男が
「…やぁ、か弱き人間君……探したよ」
と言った。
その後すぐにサラリーマン風の男が
「…ライラ、失礼ですよアベルに対して……」
と諌めた。

ライラ…らしい20代の男は肩をすくめながら
「だって彼はその呼び名を気に入っていないようじゃないか それならまだ普通に呼んで差し上げたほうが
 いいんじゃないですか?アニエル」
と答えた。

「…えっと……」
ミタカはそんな二人(?)に何と言ったらいいのか戸惑っているようだった。
それから気を取り直したようにライラが
「アマネに聞きましたよ 貴方は日頃学校という職務があるそうですね」
と言った。

「え?……うん、まぁ…」
とミタカは俺から目線を逸らしながら答えた。
…ずっとサボってたのが気まずいらしい
そんな様子に俺が苦笑していると

「我々からの職務でそれを行えないと言われましてね…貴方の日常を妨げるのは
 まだ早い…と神も判断されたようです。」
アニエルらしいスーツ男がさらに付け足す。
「今後はもう少し頻度を減らすそうですよ?良かったじゃないですか」
とライラが微笑んだ。

アマネは俺の部屋で言ったことをちゃんと守ってくれたみたいだ。
これなら今よりもミタカの負担が減るんじゃないかな…
俺がそう思っているとミタカは

「…そっか、ありがとう……それと…勝手に連絡切っててごめん…」
と呟いた。
「…今後気をつけてくださいよー?あの封鎖ならともかく、私ら擬態までして探さないと
 いけないんですから」
とライラが冗談めかして言うとまたアニエルが
「またそんな気安い態度を…貴方は天使としての自覚があるのですか? まったく…
 アベル、今後のことはまた我々がアマネを通して連絡いたしますので…今日はこれで」
とライラを諌めつつミタカに向き直って言った。
それで用件は済んだのか、それ以上のことは言わずに二人は去っていった。

「…今のってさ、要するにミタカが学校に行けるって事だよな?」
と俺が隣に居るミタカを見ると
「…そうみたい」
とミタカが呟いた。

「やったじゃん!また俺達一緒に過ごせるんだ!!…ユズにも知らせないとな…アイツ
 ミタカ来ねぇのすっと心配してたんだぜ!」
俺がそう言ってミタカに飛びつくと、
「はは、うん…ありがとう……明日からちゃんと行くから」
と笑いながら言った。

「じゃあ、帰ろうか…」
とミタカが呟いたので俺は
「その前に俺んち寄ってけよ?お前服俺んち置いたまんまだから」
と言った。

空はいつの間にか晴れて、雲の間から光が差し込んでいた。



×



ミタカが俺の為に救世主に…
だが、アイツがいくら地位を上げたところで奴が聞き入れるとは思えん
ミタカが根負けするのが先か、あるいは奴が根負けするのが先か…
あるいは…

「…ミタカ君の精神が壊れるのが先か…ってね?」

不意に隣に聞こえた声に顔を上げると、特に見たくもない奴が立っていた。
「……お前」
俺が呟くと、ロキは愉しそうにニヤリと哂って
「あーホント君ら見てて飽きないよ…ボクが弟殺しの再現見せてねーっていったのにさぁ…」
と言った。

「…誰も貴様の希望など聞いていない」
俺が言った事を聞いているのかいないのか、ロキは勝手に部屋の中を歩き回りながら
「さーぁて…ここからがお楽しみだよねぇ?…クククッ……神相手に説得を試みようとする
 魔王…それを見ているしかない君……どうこうしてる内に彼の中の魔力は大きくなり……
 彼の友人は次々と彼を置いて死んでいく……置いていかれた彼は今後どうなっていくだろうね?」
考えていたことをあてつけのように声に出しながら俺を見る。

「……ロキ、黙れ」

「フフフ……ホントに楽しみだよ…君の為にあの彼が穢れて壊れていく様を一番近くで眺められるなんてね…」
どこか遠くを見たような、妙に恍惚とした顔でロキが言う。
「それとも耐え切れなくなって神に反旗を翻すか……そうなったほうが君は嬉しいのかな?」
抉る様に、舐める様に俺を見るロキに嫌気がさして

「…黙れッ!」
手近にあったものを投げつけるとロキは姿を消した。

”まぁボクは気が済むまで君の弟を鑑賞させて貰うよ…本当に君達は見ていて飽きないねぇ……”
と空間に絡みつくような声を残して


「…ミタカ……俺は…」
俺は…お前をどうしたいんだ……?
このまま黙って見ているのも訳にも行かず、俺の為だと言うアイツの行動を止める方法も判らない…

「…お前に、残される痛みを味あわせてなるものか……」
大切な人間が次々に自分を置いていく…それ程の地獄がこの世にあるだろうか
「……お前には、決してそんな思いをさせはしない……この俺が…」

いつの間にか雨は止み、
がらんとした部屋に俺の呟きだけが響いていた。





アトガキのようなもの
だいぶ妄想入れまくってます。このセリフ最早お約束…orz
何だかんだいって主人公を憎みきれないどころかやっぱり愛してるよナオヤさん
的な感じになりました。いやぶっちゃけ力量不足が否めませんが…すいません
最後を華麗に(!?)掻っ攫っていくどころかナオヤすら動揺させるチャラ男ってどうなの
とセルフツッコミ入れつつ微妙に薄暗く終わる辺りがアマネルートなんじゃないかと思います。
毎度意味不明申し訳ないです(笑




フレーム未対応、携帯電話の方は以下のリンクから戻ってください。
対応している方がこちらを押すと携帯用Topに戻ってしまいますのでご注意ください

◇Index
◆Top
◇Novel