戦いは…終わった…
タルタロスも、影時間も、消え去った。
奇跡は起こり…世界は、滅びをまぬかれた。
そして…街にも、平穏と普通の暮らしが戻った。
もう誰も、天変地異の事など覚えていない。
そして…季節は流れた。
……。
1ヵ月後…





僕は部屋で勉強をしていた。
冬休みも終わり、影時間もなくなった今
学生としての本分を全うしなければならない
タルタロス攻略に費やしていてなかなか勉強に手が回らなかったけれど
これからは十分に時間を割ける。
苦手分野の対策をしなければ……


―――ドクン


「……ッ」
奇妙な動悸とともに体の力が抜けた
全身に眠気にも似た倦怠感が広がり、
四肢の感覚が薄れていく…


僕は思わず感覚の無くなっていく両手で自身の体を抱き
それをやり過ごす


戦いが終わってから
たびたびこのような倦怠感に襲われることがあった
2月に入ってすぐは一週間に一度
その後は週を重ねるごとにその間隔が短くなってきて
今は日に2,3度 こういうことがある
しばらくは動くことが難しいけれど
じっとしていればじきに収まる
恐らく”あれ”の影響だと思う
けれど、僕にはまだ意識を手放せない理由がある


ニュクスを倒しにいく前にみんなと誓った約束
”たとえ記憶を失っても、卒業式までには思い出して再会しよう”


そう、いまみんなはS,E,E,Sだったときの記憶は無く、
普通の学生として過ごしている
”あれ”のおかげかは分からない、ただ一人 僕だけはその記憶を持っている
そのせいかたまに会話が食い違うけど、無理に思い出させることだけはしたくない
僕はみんなを信じている みんながちゃんと思い出してまた出会えることを
「――…………」
全身がだるい
体の内側を引っ張られるように眠気が襲ってくる
部屋は暖房で暖かいはずなのに
四肢は冷たく感覚が無い
僕は体を抱く腕に力を籠め、意識をつなぎとめようとする




(…まだ……まだそっちにはいけない……約束、を……果たして無い…)




こんなときに決まって思い出すのは、事故のこと、綾時のこと
そして――自分のこと


あの事故のことを当時の僕ははっきり覚えていなかった
気づいたら病院で2週間近くが立っていて
親戚の叔母夫婦のもとに引き取られることが決まっていた
そう、でも確かにあの時 確かに僕はムーンライトブリッジにいた――


・・・・
10年前のあの日、僕はいつもは夜勤で遅い両親とポートアイランドに来ていた
なんでも久しぶりに休みが取れたから
外食に行こうと父さんが言い出して、たしか桐条の経営するポートアイランドで食事を済まし、
帰宅する途中だった。
僕は後部座席でうとうとしていて、父さんと母さんは仕事の話をしていたと思う


ちょうど橋に差し掛かったときに
大きな爆発音が聞こえて僕は目を覚ました
「……何かしら」
「…わからない……ただ、結構近いな…早く移動したほうがいいかもしれん」
そう交わす両親を見上げて、しばらく寝ぼけていたときに


”それ”は―――来た




ガシャアァァン!!!!!


轟音と共に、
人と同じくらいの、けれど人とは思えない”何か”が
僕たちの乗る車のすぐ前に落ちてきた


ゴゴゴゴゴ………
その後の地響きで急ブレーキを掛けた車は案の定バランスを崩して
「湊ッ!」
母さんの手が伸びてきて引き寄せられて、
そのときに一瞬見えた母さんの顔は悲しそうで
「仕事ばかりで構ってあげられなくてごめんね…」
とささやいた


そしてその後



僕は車の外へ放り出されていた


地面に背中をしたたかに打ちつけた後
僕の両親の乗った車は爆発炎上した


「おかあ…さん、……おと…う…さん…」
痛みをこらえてその場から立ち上がり、2人の元に駆け寄ろうとしたとき
視界の端でゆらりと動く影を見た


「…!」
見ると、さっき落ちてきた”何か”が
月――やけに大きな満月――を背に、ゆっくりと移動している
闇色の襤褸をまとい、髑髏の様な仮面を被った ”何か”
僕は恐怖でその場から動けなくなった


そのとき
僕の背後で地鳴りとはまた違った音が聞こえた


そう、機械の動く音のような


―――ィン ガシャンッ
「目標、捕捉 これより対シャドウ非常制圧兵装 アイギス 対象を排除するであります」


背後の何かは女の子の声でそういうと、
僕を飛び越えて僕の目の前の"何か"に向かっていった


「召還シークエンス ”パラディオン”!!!」


すると突如また別の”何か”が現れて襤褸をまとった何かに突進した
しかし襤褸をまとった”何か”の前に見えない壁のようなものが現れて
突進は阻まれてしまった


「くっ、一筋縄では いかない様であります」
言うなり、女の子は左右10本の指を”何か”に向けた


瞬間



ドドドドドドドッ




凄まじい音と共に弾丸が放たれた
けれども”何か”には効果が無いようで
”何か”はゆらゆらと移動しながら女の子を見ると
いつの間にか持っていたのか、細い剣を掲げた


そして


女の子に突如として雷が降り注いだ。


「あぁッ!」
ガシャン――――……ゥン


女の子は黒煙を上げながらその場にひざを付いて
それでもなお目の前の”何か”をにらみつける


「わたしの……私の役目は、”デス”を封印すること……なんとしても…
任務を、遂 行……しなければ……それが、私の生きる証…!」

「…でも、私の力では及ばない……どうすれば…」



何かをつぶやきながら女の子がつらそうに辺りを見回す
そして

その蒼い眼が僕を捉えた



「――子供」



女の子の眼には呆然と立ったままの自分の姿が映っている
そして女の子の背後には、いまだゆらゆらと漂うようにしている――”何か”



「…っ……あっ」
何かどうしようもない恐怖に襲われて、逃げようとしたけれど
足が地面に縫い付けられたように動かない



女の子は首を振ると、
「……仕方ありません、”彼”に シャドウ――”デス”を 封印するしか、もう 手立てが…」
なんとか立ち上がった女の子が、僕に近づいてくる


その後のことは覚えていない


・・・・

次に意識があったのは病室で
両親は死んだといわれて、葬儀や通夜が全部終わっていて
残されたのはある程度の遺産と、両親の骨壷 そして――僕だけだった


×


それから、僕は約二週間を病院で過ごし、
叔母夫婦の家へ引き取られた。

僕に目立った外傷はなかったけれど、
事故以来何に対しても反応が薄く、
両親が死んだというのに僕は泣くことが出来ないでいた。
医師は僕を一種のPTSD――心的外傷後ストレス障害 と診断して、二週間をその治療に宛てた。
治療といっても、簡単なカウンセリングと投薬、あとは
日々を無為に過ごすことくらいだったけど
その際叔母は、僕の実家から着替えや日用品を時たま持ってくる以外顔を見せなかった。


叔母夫婦の家は僕が住んでいた厳戸台からはやや遠く、とある都会の郊外にあった。
二階の空室を宛がってもらい、その日から僕は”有里”湊となった。
叔母は朗らかで優しく、叔父は温厚で寡黙で、突然の居候である僕に対しても良くしてくれた。
”それ”を見たのは、そんな生活に慣れて数ヶ月が経った秋口のことだった。
あの日僕は夕食を食べた後、満腹感からかそのままベットで眠ってしまい、
普段は起きているはずのない時間帯に目が覚めた。

「・・・・・・あれ・・・?」
机に置いてある時計を確認すると、深夜11時38分
僕は眠ってしまう前の事を思い出しながらベットから降り、
厨房で水でも飲んで来ようと寝ぼけ眼を擦りながら部屋を出た。
静まり返った廊下を進み、階段を降りる。
リビングへ続く扉の隙間から細い光と押し殺したような話し声が漏れてくる。
どうやら叔父と叔母がいるようだった。
僕は二人の邪魔をしないように息を殺し、その扉よりも向こうにある厨房へむかった。 
丁度リビングへの扉の前を通った時に、話の内容が聞こえてきた。

「・・・もしも湊が継承権を持っていたらどうするんです!」
「・・・・・・・・・持っていても僕らに不都合はないだろう」
「いーえ、あのときは姉さんに継承権もお株も奪われたけど、ようやく私たちにもチャンスが巡ってきたのよ、
 みすみすそれを逃してなるものですか!それにまだ私たちには子供がいないんですよ?
 今後どうなるかわかったもんじゃない・・・・・・」
「・・・・・・あの子がそれを狙うとは思えないんだが・・・」

・・・今のは・・・・・・
継承権とか狙うとか・・・
通り過ぎるつもりが、不意に自分の名前が聞こえて思わず足を止めた。
あの優しい叔母があんなに声を荒げるなんて・・・・・・
耳をそばだてるとまだ議論は続いていた。

「・・・今は良くても、今後はかわってくるかもしれないじゃない」
「・・・・・・しかし・・・」
「・・・大体貴方は甘いんですよ、そもそも貴方が・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」
僕は引き取られちゃいけなかったのだろうか・・・・・・
叔父も叔母も、顔にはださないけれど実は迷惑だったのかな・・・
今の会話を断片的に整理して、僕はそう結論づけた。
そして聞かなかったことにしようとゆっくりと身体を翻した時、


丁度リビングに掛けてある時計から12時を知らせる鐘が鳴り響いた。
そしてその鐘がなり終わる頃


不意に背後の明かりが消えた。
「!!」
叔母達に気づかれたのかと背筋に衝撃が走る
嫌な汗が滲むのを感じながらゆっくりと振り返り、リビングへと続く扉の隙間から中を覗くと、

そこには奇妙な光景が広がっていた。

リビングに設置してあるソファの上に、大人の人間大の物体が林立していた。
「・・・!」
さっきまで議論していた叔父と叔母の姿は無く、代わりに不気味な硬く冷たい箱。
僕はそっと扉を開き、中に入る。
「・・・・・・」
ソファの上の箱の脇に立ち、よく見れば柩の様な形をしている“それ”に触れてみる
すると、突如頭の中にあの事故の映像がフラッシュバックした

音の無い夜空と、そこに浮かぶ巨大な満月。
そしてあの闇色の襤褸をまとい、髑髏の様な仮面を被った“何か”がイメージの中に現れた時、
僕の心臓は早鐘を打ったように脈打ちはじめた。
「・・・・・・はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・・・・・・・」
乱れる呼吸に肺が軋み、喉を圧迫されるような苦痛に、僕はシャツを握り絞め、その場に膝をつく
噴き出す自分の汗に身体を冷やされ、急速に体温が奪われていく。
何とか呼吸を落ち着かせ、顔を上げた時


棺のような箱に映った自分の顔は汗にまみれ、眼は恐怖に見開いていたにもかかわらず、口がはっきりと笑みを形作っていた。


「・・・・・・!」
引き攣った顔で笑みを浮かべる自分と眼を合わせたまま動けないでいると、
棺に映った顔があの髑髏の様な仮面を被った“何か”とオーバーラップした。
「ぅあっ・・・・・・ぁっ・・・」
僕はよろめきながら何とか立ち上がり、胸を押さえ、脈打つ身体を支えながら部屋へ戻り、
そのままベットに潜り込むと、布団を被って丸くなった。
震える身体を抱き、眼をぎゅっと閉じて恐怖をやり過ごす。
そしてそのまま気絶するように眠ってしまった。

翌日に思い返してみても、その後夜になっても、またあの奇妙な夜を見ることは無かったけれど、
あの日真実だった事は一つだけあった。



「ただいま」
翌日学校から帰宅すると、叔母が出迎えてくれた。
「あら、お帰りなさい」
厨房で夕食の準備をしていたのか、エプロンをしている

「今日僕ね、テストで百点とったんだよ!」
と、その日あった嬉しいことを報告すると
「まあ、凄いじゃない 流石は姉さんの子ね」
と笑顔で返してくれた。

けれどその笑顔はどこか違和感があって、なんだか笑顔じゃないみたいだった。

「・・・・・・・・・・・・」
それを察して急に黙り込んだ僕を見た叔母さんは怪訝そうな顔をした
「どうしたの?」
「・・・何でもない・・・です」
僕は叔母さんの脇をすり抜けると、階段を上がって部屋に戻った。


叔母さん達に嫌われないように一生懸命勉強をした。
カシコクてイイコなら、叔母さん達は僕を迷惑だなんて思わないかもしれない。

テストで百点を取る度に、きちんとお手伝いをする毎に、叔母さんは僕を「さすが姉さんの子ね」って褒めてくれた
叔母さんにそうやって褒められる度、

僕はお母さんのコドモだからしっかりしないといけないんだ。 

と思って次はもっともっと頑張る様にした。
けれどテストで百点を取る度に、きちんとお手伝いをする毎に、叔母さんの笑顔にはどんどん違和感が増えていった。




叔母さんが実は僕を「よく出来る甥っ子」では無く、
「家督相続を脅かすかもしれない障害」と見ていることに気付いたのは中学に入ってからだった。


けれどその頃の僕には、作り上げた「優秀な自分」の仮面を外すことが出来なくなっていた。


×


自分の仮面に気付いてからは、元々たいして楽しくなかった人生が、ますますつまらなくなっていった。

学校で仲の良いクラスメイトといれば確かに楽しかった。
けれどみんなが僕と仲良くしているのは僕の外側だけを見ているわけで、
本当の僕を知っているわけじゃない、僕も僕で彼ら彼女らの外側だけで、素顔や内面を知っているわけじゃない。
引き取られてからいくつかの学校を転々としたけれど、クラスメイトや教員は、両親がいないというだけで同情したり、
からかいのネタにする奴、気の毒そうな顔をしつつも内心で見下しているような奴

今まで生きてきてほとんどの人はそうだった

そうじゃない人もいたけれど、僕は叔母との一件から人を信じるのが苦手になっていたから、
本当の意味での友達とは言えなかったと思う。

本当の友達の意味も、本当の自分ってのが何なのかもわからないまま
上辺だけの優等生を続けて、上辺の人間関係を続けて
愛想笑いで本音を隠して生きて来て
もう、僕はどうでもよくなってしまっていた
家で叔母の顔をうかがいながら息を潜める人生も
上辺だけで中身の伴わない学校生活も
両親も友達と呼べる人も居場所も無い自分にも

次第に僕は一人を好むようになり、集団にもあまり入らなくなった。
中学3年からは一人暮らしを始め、叔母達からも離れた(叔母はともかく、叔父も事情を察したのか反対しなかった)。
それでも仮面を外すことは出来なくて、やりたい事も将来の夢も無い事に押し潰されそうになりながら、
生きているとはいえないような人生を音楽で繋いで、パターン化した日常を無為に食いつぶす日々が続いていた。

そんな時に舞い込んできたのが、月光館学園校への転入の連絡
正直どこにいても何をしても同じだと思っていた。けれど、この転入が、僕の人生と僕自身も変えた。

影時間に立ち向かう、特別課外活動部としての生活、
普通の高校生としての、みんなとの生活
いつの間にかそれが僕の仮面を壊し、それも僕自身なんだと教えてくれた。本当に大切だと思える、かけがえのない居場所と仲間達・・・

そして
親しい人の死や、近しい人の裏切りを乗り越えて辿り着いたのは、衝撃の事実だった。
10年前の事故と、僕が此処に喚ばれた理由、影時間と綾時の関係とその正体

「・・・・・・・・・」
今はもう会うことの出来ないトモダチを思い浮かべ、溜息をつく。

あの時、お互いに立ちたくなかった立ち位置で向かい合い、戦った時の事を思い出す。

『知恵の実を食べた人間は、その瞬間より旅人となった…
アルカナの示す旅路を辿り、未来に淡い希望を抱く…
しかし、アルカナは示すんだ…
その旅路の先に待つものが、"絶対の終わり"だという事を。
いかなる物の行き着く先も…絶対の"死"だという事を!』

次々にアルカナを変えながら多角的な攻撃をしかけてきた綾時―――ニュクス・アバター


『・・・終わらせよう、これが君達の選んだ道なんだ』


あの時君は、滅びの宣告者としての務めを果たしながら、望月綾時として泣いていたんじゃないかって

自分のせいで、世界が滅んでしまう
自分のせいで、トモダチを殺してしまう
自分がいるから――

そんな風に自分を責めていたんじゃないかって、戦いが終わった今になって考える。
僕にとって、あいつは倒すべき“敵”じゃなくて いつも道を示してくれた大切なトモダチだった。
それは、君もじゃなかったのか? 綾時・・・
なのに、どうして一人で全部背負って行ってしまったんだろう・・・
どうして、僕も一緒に背負わせてくれなかったんだろう
大きすぎる問題だとは思うけれど、一人であれだけ苦しむあいつは見てられなかった。
それと、お前特別なんだろ 何とかしろよと罵られても何も出来ない自分が情けなかった。

綾時、僕は君に――



ドンドンドン

不意に、扉を叩く音が聞こえ 思考を中断された
「はい?」
首を扉に向けながら返事をすると、聞き慣れた順平の声がする
「あのよー、真田先輩のトレーニングマシンの梱包手伝ってくんねえ?
 あの人無駄にでかくて重いヤツばっかもっててさ、俺らだけじゃ終わんねえんだわー 
やっぱ女子には頼みづらくてよ・・・」
「おい伊織、無駄にでかくて重いとはどういう意味だ!?」
部屋に居るのか、遠くから真田先輩の声も聞こえた。
「あ す、スンマセン・・・・・・」
順平が慌てて謝っているのに思わず苦笑が漏れる。
「悪いな有里、無理なら構わないんだが・・・」
先輩がまた遠くから声を掛けてきた。


「わかった。今行くよ」
立ち上がると、いつのまにか倦怠感は消えていた。ただ、腕に力を入れ過ぎていたのか、
肘の筋肉が若干強張っていた。
僕はそれをほぐしながら、扉へ向かった。

「・・・・・・うわぁ、すごいですね コレ」
僕が思わず声をあげると、順平がそれに同意して
「だろ、まさに圧巻!だよなぁ」
と部屋に置かれたトレーニングマシンやトロフィーを眺める。

真田先輩の部屋には所狭しとトロフィーや楯等が並び、床や机の上にはダンベルや重りといったトレーニング道具、
そしてフローリングの床にはゆうに180cmを越えるようなトレーニングマシンが設置されていた。
作戦室のカメラから前に見たことはあったけど、実際に見てみると順平も言ったようにまさに圧巻だ。
恐らく隅に置かれた冷蔵庫にはプロテインや栄養補助食品が山となっているんだろうな・・・

順平が部屋を物珍しげに眺めるのを止め、先輩に向き直る。
「・・・で、先輩 コレどやって梱包するつもりなんすか?」
マシンを見ていた先輩も順平の方を見て、また自分のトレーニングマシンに眼を遣り、
「・・・・・・奇遇だな、俺も今同じ事を考えていた」
と言った。
「・・・運び込んだ時はどうしてたんすか」
自分の持ち物にもかかわらず微妙に情けないことを言う先輩に順平が聞くと、
「いや、あの時は業者が全部やっていたからな・・・俺は部屋の外に出ていた」
「・・・・・・・・・」
しれっと自身の無知を漏らした先輩に、順平だけでなく僕も呆れてしまった。

「・・・とりあえず、トレーニングマシンは後にして、周りの片付けられる物から片付けませんか?」
僕の提案に二人は一も二も無く頷いた。
「よし、ならまずそこら辺のトロフィー類からやるぞ」
「あ、じゃあ俺新聞とか貰ってくるっス」
それぞれ役割を決めて作業を開始した。


・・・しばらくして僕たちは、大分片付いた部屋で再びトレーニングマシンを見遣っていた。
「・・・で、振り出しに戻るんすけど」
「・・・・・・ああ」
「どうしましょうか・・・」
つぶやきながら、このトレーニングマシンをどうやって梱包するか考えていた時

「・・・あの、分解して片付ければいいんじゃないですか?」
背後から声が聞こえた
「!?」
振り返ると、開けっ放しになっていた扉から天田が顔を出していた。

「・・・あれ、お前・・・・・・てかここって高等部の寮じゃなかったっけか?」
僕が何かを言う前に順平が疑問を発する。
・・・そうか、今は記憶が無いから天田がこの寮にいる事の説明がつか無いのか・・・
僕にしてみれば白々しいような質問に何かしらの複雑さを覚えていると
「あ、夏休みに初等部の寮が誰もいなくなるから、ってこっちにいれてもらったんです」
天田の返事に、順平がまた疑問を発する。
「・・・誰に?」
「え?・・・・・・あれ、えーと・・・誰だったかな・・・ごめんなさい、ちょっと忘れちゃいました」
顎に手をやって頭を捻りながら天田も要領を得ない返答をする。
天田をここに連れて来たのは理事長・・・・・・幾月だったから・・・みんな覚えてないのかもしれない
「そんな事はどうでもいいだろう、今はコイツの梱包が先決だ。 ・・・天田・・・・・・だったか?」
順平がまた何か言おうとするのを遮って、先輩が天田に向き直る。
「あ、ハイ 初等部の天田乾です。五年生です」
天田は先輩の質問に嬉しそうにぺこりと会釈をした。
「分解すればいい、と言ったな」
先輩はトレーニングマシンをぱしんと叩きながら言った。
「こういうのは・・・多分、ボルトとかナットとかで繋がってるから・・・
 それを外せば段ボールにも入ると思うんですけど・・・取扱説明書とか、無いんですか?」
何故出さないのか、とでも言いたげな天田の台詞に、僕たちは揃って声を上げた。
「そうか、その手が有ったか!」
「・・・っはー、小学生に指摘される俺っちって一体・・・」
「で、先輩 説明書・・・持ってますか?」
僕の台詞に、先輩が手前の棚を開けてなにかを漁り出した。
「ん、待ってろ・・・確かこの辺に・・・」
それを契機に、また梱包作業が始まった。

「ドライバーとか持ってきますね」
と行って席を外していた天田も加わって、四人で黙々と作業を続けた。


×


作業をしながら三人は、お互いをなにか複雑そうな、何とも言えない顔をしていた。
なにか思い出そうとしているのかもしれない。僕はそんな三人を眺めながら、作業を続けた。


「・・・そういや先輩は、何でボクシングなんかやろうと思ったんすか?」
順平の疑問に、先輩は作業する手を止めて言った。
「・・・言ったことが無かったか?昔、自分の無力さを痛感したことがあってな・・・
それ以来、俺は“力”を求めてきた。拳を使うものなら何でもよかった。
それが、ボクシングだったというわけだ」
また作業を進めながら先輩は言った。
「無力、ですか・・・・・・僕も在ります・・・二年前、母さんを亡くした時・・・」
天田がしんみりと言う。
「・・・そうか・・・俺は昔妹を火事で、10月には親友を亡くしたな・・・」
「え、10月、って・・・あの・・・・・・荒垣先輩?・・・二人って親友だったんすね」
「ああ、もう14年の付き合いだな」
「そんなになるんですね・・・。僕と母さんより長いや」
「・・・“力”かぁ・・・・・・なぁ、オマエはどうだ?」
順平に話を振られて、僕も考えてみる。
「・・・僕は、自分は何もできないしなにかをやっても何も変わらないって思ってた。けど・・・
 ここへ来て、みんなに会ってからそうじゃないって思えるようになったんだ。
 ・・・だから、心の力・・・っていうか・・・・・・なんだろう・・・絆?みたいなものを、得られたと思う それが、僕の力かな」
それが今までS,E,E,Sとして過ごして来て、先月の戦いを乗り越えて、僕が感じたものだった。
「・・・・・・・・・・・・」

気付くと、三人が神妙な顔でこっちを見ていた。
「何?」
僕が首を傾げていると、三人は顔を見合わせて頷いて
「・・・いや、俺っちってさ・・・オマエの事、なんも特に苦労もせずにこなしてるんだと思ってたんだよな。
 勉強とか・・・あと、部活とか・・・だから、ちょっち意外でさ」
俺が出来無さ過ぎるだけなんかもしんねーけどよ
と投げやりに順平が言った。
そういえば、去年はよく突っ掛かられたっけ・・・懐かしいな。
「俺はお前はなにかを成し遂げるための努力をする奴だとは思っていた。
 ただ・・・お前はいつも無表情・・・ああ、いや・・・悪いな。淡々としているように見えていたからな、
俺も意外というか・・・・・・すまんな、何が言いたいのかよくわからん」
先輩が困ったように頭を掻く。
「・・・僕は、いつもしっかりした人だなーって見てましたけど」
「ちょっ、天田少年!?そこでなんで俺を横目で見るんだよ!」
慌てる順平に、天田がちょっと笑って首を傾げる。
「・・・だって順平さん、いつもテストが近くなると叫んでるじゃないですか。一度でも計画的に出来た事って、ありましたっけ?」
「そっ、そりゃあ・・・俺だって・・・・・・俺だってなぁ・・・・・・・・・・・・・・・」
順平の反論しようとする声が徐々にフェードアウトすると、先輩と天田が笑った
「順平、一本取られたな。悔しかったら来年度からはしっかりやるんだな」

「俺っちだって女の子を助けたりした事あるのになぁ・・・」
順平がいじけて言う
「・・・へぇ、順平さんが?誰なんですか?」
天田が興味をそそられたように聞く。
「・・・伊織が女子を助けるなんて意外だな」
先輩も驚いている

順平はフフンと鼻を高くしていたけど、すぐに俯いて、
「・・・・・・あー、それが・・・助けたのは本当なんすよ、けど、何で俺がその娘と知り合って、
そんな風になったのかが・・・思い出せなくて・・・・・・確かに俺はあの子の顔も声も覚えてんのに、
肝心のそこだけがすっぽり抜けてるんすよ・・・・・・これって…やっぱおかしいすかね・・・」
記憶補正の弊害みたいだ。順平 千鳥さんの事大事に思ってるから、このジレンマは辛いだろうな・・・
すると、天田や先輩もなにかに思い至ったように
「・・・お前もか、・・・・・・実は俺もなんだ。中学あたりからの記憶に、どうも自信が持てん。
 その頃から付き合いが有った美鶴にきいても、同じ事を言っていた」
「僕も・・・なにかはわからないですけど、何か大切な事を忘れてるような気がしてて・・・・・・」
三人は一様に不可解な顔をしている。
「有里、お前はどうだ?」
先輩に聞かれて、僕はそのまま答えた
「・・・いえ、僕は・・・別に・・・」
「・・・そうか、全員だったら なにかあるのかと思ったが・・・・・・」
先輩は首を捻ったまま、暫く考えていたけど

「・・・・・・うだうだするのは性に合わん、ほら、とにかく作業を終えるぞ 考えるのはそれからだ!」
それから僕たちは、残った作業を黙々とこなし、大体終わったのは零時を回ってからだった。

もちろん、影時間は来なかった。




「・・・・・・ふぅ」

僕は作業を終えてベッドに潜り込み、上半身を起こした姿勢でぼんやりとしていた。
適度な運動のおかげか丁度いい疲労感で、今ならぐっすり眠れそうだったけど
僕は“アレ”が起こるようになってから、眠るのが少し怖くなっていた。
眠っている間に、“アレ”が起こって、このまま眼が覚めないんじゃないかと眠る前にいつも考える。
約束を果たす前にいってしまったら、みんなはどんな顔をするんだろう・・・さっきの何とも言えない顔をしていた三人を思い出す。
そして、僕が街で知り合った、様々な人の顔を思い浮かべる。

Y子・・・もとい鳥海先生、どうやって教えようかと思っていたけど。あんなふうにわかっちゃうなんて・・・
先生のプライドとかそういうの、全部飛んじゃっただろうな、新学期からどう顔を合わせればいいんだろう・・・
あの時の先生を思い出すと、思わず笑ってしまう。できれば、いままでと同じ様にしてもらえればいいけど。
それでも、先生の中での”教師”って仕事の捉え方や考え方が何かいい方向に変わることが出来たなら、
本当に良かった。そういう意味では3年生なってからの授業が楽しみかもしれない。

神木さん・・・始めて会った時は、病気に悲観していた。けれど、いつからか・・・多分、童話を書き始めてから、
少しずつ 精神的には元気になっていった。彼が命をとして作り上げた物語は、本当に素敵で
悲しい話だけれど彼の命の輝きに満ちていた。最期に笑って逝けたなら、本当によかった。神木さんのお母さんに言われたように、
大事な人を大切に出来るように、僕も残りの人生を精一杯生きよう。彼の代わりになんておこがましい事は言えないけど。

舞子ちゃん・・・離婚っていう、大人の事情に板挟みにされて、それでもご両親の愛情を知りたくて、頑張っていた。
僕はあの子の家の事情に、どことなくあの頃の自分を重ねていた様に思う。叔母さんの事情に圧されて、息を潜めていた…
僕の子供時代、僕も舞子ちゃんみたいに話し合えば、行動すればなにかが変わっていたかもしれない・・・
僕はもうあの頃を取り戻せないけど、舞子ちゃんにはあの頃の僕みたいになってほしくない。
心から、そう思う・・・・・・けど、ご両親が僕に抱いたらしい誤解をどうやって解いたらいいんだろう・・・。

ほかにも、黒沢巡査、真宵堂の店主さん、無達さんや、田中社長、古本屋の文吉爺さんと光子さん・・・沢山の人を思い出す。
僕はもうどこにも居場所が無いなんて思わない。
僕には、沢山の仲間と、絆を結んだ人達が居る 僕は一人じゃないんだ。

だから不安はあるけど、きっと大丈夫だと信じている
僕は布団を被ると瞼を閉じた。



3月5日・・・約束の卒業式の日に、いつも通り起きられたことに一安心し、
支度を済ませてから登校時間まで勉強でもしようと机に向かった時、背後の扉からノックが聞こえた。


×


「あの…アイギスです。開けて…もらえませんか?」
扉の向こうから 昨日学園前で見た時と同じ、どこかおどおどとしたアイギスの声が聞こえてきた。
僕は立ち上がると、扉を開けた。

アイギスは躊躇うように部屋に入ると、俯いて手で涙を拭う仕草をした。
涙…まさか、記憶を……?


僕が内心緊張して見ていると、アイギスは顔を上げた。
その顔は泣き笑いの様な表情をしていたけれど、彼女の眼には喜びが滲んでいた。
「よかった…また、あなたと会えた…… ごめんなさい、急にきて…だけど、わたし… どうしても、話がしたくて…」
アイギスはそう言うと、何かを握り締める様に胸に手を当てた。

「別に構わない、どうしたの?」
あえて、“記憶が戻った”という事は言わずに何気ない風を装うと、、
アイギスは再び涙をぬぐいながら
「わたし…思い出したんです。皆さんは忘れちゃってるみたいですけど、
 わたし…また、思い出した…わたしたち… あの時…」
“あの時”……とても言いにくそうにしてるけど…僕が一人で行った後の事だろうか…

「大丈夫、泣かなくてもいい」
安心させるように言ってやるとアイギスは少し俯いて、
「すみません、こんな…… ただ、全部思い出したら、なんだか…
あの最後の戦いの時みたいに、あなたが、遠くへ行っちゃいそうで…」

“遠く”僕はその言葉に何か感じるものがあったけど、今は記憶が戻ってまだ不安なんだろうアイギスを安心させてあげないと…。
「そんな事ない、僕は今ここに居るよ」
そう言ってやると少しは安心したのか、気を取り直したように微笑んだ。
「今日…”卒業式の日”…ですよね……ごめんなさい…式、もう始まっちゃいましたね…」
少し困ったようにいいながら、窓の外を見遣る。
「外…とってもいい天気ですよ。覚えてますか?みんなで約束した場所…先に行ってましょう。
 平穏の戻ったこの町が、一番良く見えるところに」


アイギスはくるりと身を翻して振り返ると、僕に手を差し出した。


×


『…いよいよお別れのときが迫りました。最後になりますが、私達は先輩方にお会いできたことを心から誇りに思います。
皆様方のご健康とご活躍を心よりお祈りし、お別れの言葉と致します。二〇一〇年、吉日、在校生一同より』

在校生代表の女の子の話を聞き流しながら、俺は何かシャクゼンとしないものを感じていた。

ここんトコ、なんか忘れてるような…けど、そのなんかが判んねーみてーな、そんな感じが続いてる。
知ってるはずの人が思い出せねえ、やったはずの行いが不確かで、俺っつーものがアイマイになったような感じがする。

女の子が去っていくのをぼんやり眺めながら、俺は考える。
(…俺、何を忘れちまったんだ………?)
昨日の真田先輩の部屋の片付け中にも感じた、じれったいような変な感覚の中を、頭ん中だけがぐるぐると巡ってる。


『続きまして、卒業生、答辞。卒業生代表、D組、桐条美鶴さん』
『はい』


その声に顔をあげると、朝礼で何度も見たように、生徒会長が壇上へ上がって行くのが見える。
俺にとっては縁もゆかりもない人の筈なのに どこか懐かしいような、俺はあの人を知っているような気がした。
そんなキョーシュー?にも似た事を感じながら、俺は会長の演説に耳を傾けた。


『学園で過ごした最後の年は、私にとって大役を拝命しての1年となりました。生徒会長の任を果たすに当たり、
私は考え、1年前のこの壇上で、皆さんに言いました。未来の時間には限りがあるという事から、
眼を逸らしてはいけないと。思えばこれを考える機会を与えられたのは運命だったのかも知れません。
ご存知の方もあるかと思いますが、私は去年、父を………父を…病で失うという、試練に…』


(珍しい、あの桐条先輩がつっかえてるなんて…)
そう思っていると、先輩は壇上にいるってのに なにか小さく呟いてる。


『病で…失った…?』


俺は周りの喧騒に掻き消えちまいそうなその一言になにかを思い出したような気がした。
なにかがふっと浮かんだみてーな、そんな感覚だった。
「……俺…」
なんか、今の感覚のヒントがあるんじゃないかとあたりを見回すと、卒業生の方からさっき俺が思った事みてーな声が聞こえてきた。


「珍しいな。あの人がスピーチつっかえるなんてさ」
「こういう場所だし…お父さんの事、少し思い出しちゃったんじゃない…?」
卒業生だけじゃなく、いつのまにかザワザワは俺の周りやセンセー達からも聞こえてきた。
それでも桐条先輩は、壇上で呆然としたような顔をしていた。


『私は…私は、父の死に触れ、 一度は生きる意味さえ失いかけた…』


演説というよりは独白っぽい先輩の言葉を聴きながら、俺はモヤがかかったような“何か”がハッキリしてくのを感じた。
前の席ではゆかりっちがなんかに気付いたみたいに、
「あれ…わたし 今大切なこと…」
って呟くのが聞こえた。

(…そうだ、俺……)
ようやく何を忘れていたのかはっきりしかけた時、俺はイキナリ誰かに肩を叩かれた。
叩かれた方を見ると、いつの間にいたのか、真田先輩が立っていた。
「あれ…真田 先輩… うわっ ちょ、何すか!?」
先輩は俺を立ち上がらせると、壇上の桐条先輩を見遣った。
俺もつられてみると、視界の端で風花が立ち上がるのが見えた。


『でも今は違う…父の意思は私が継ぐ…未来から逃げない 必ず受けて立つ 過去にはもう一点の曇りも無い なぜなら…』


風花が俺達の傍に来た時、俺達はようやく全部思い出した。
「約束!」
俺の言葉に風花と真田先輩が顔を見合せ、頷く。
そしてステージ前へ向かった。
そうだ…俺達は……アイツは……


『…なぜなら…私には大切な仲間がいて…』
先輩も思い出したのか、表情にメーカクな意志が灯ってるっぽくなってる


『…どんな未来からも眼を背けないと、誓い合ったからだ!』
先輩が壇上から飛び降りるのを待って、俺達は顔を見合わせあう。ずっと会って無かったみたいな懐かしさを感じながら、

「先輩 私達、あいつと…アイギスのこと…」
「ああ、わかっている……みんな、行こう!」
ゆかりっちの言葉に、先輩が応える。
そうだ 俺達には、待ってる奴が居るんだ。卒業式なんて、やってられっか!
俺達は頷き合うと、“約束”を果たすために走り出した。


「おい、まちなさーい!式の最中だぞ!」
センセーの言葉を無視して、俺達は進んで行く。
ようやく思い出した絆を感じながら。

×


屋上…アイギスは僕をひざ枕しながら、宙を舞う桜を見ている。
柔らかく吹いてくる風に彼女は、気持ちよさそうに眼を細めながら中空に手を差し出した。



「風、気持ちいいですね…わたし…”春”をこうやって体験するの、初めてです」
初めての体験にどこか弾んだような、嬉しさを滲ませた声で言う。
僕も、こんなに穏やかで温かい春を感じるのは、ずいぶんと久しぶりかもしれない…

アイギスは差し出した手を下ろすと、影が差したように、
「でもこの季節も、やがて過ぎて行ってしまうんですね…」
と言った。
そう、季節は…過ぎるもの 留めて置けないもの。
……時は、待たない
初めてここに来た時に、あいつが僕に言った言葉だ。


アイギスは僕を見下ろすと、
「あなたと一緒に戦って…”世界の終わり”と向き合って……わたし…ようやく、
少し分かりました。わたしの探していたもの…”生きる”って、どういう事なのか…」
”生きる”僕もここに来て、みんなと出会って、ようやくわかったもの…。アイギスにとっての”生きる”事…

「それは多分…逃げないできちんと考えること…」
アイギスはあの時を思い出しているのか、少し真剣な顔をした。
そして、ふっと力を抜いてまた僕を見ると、
「”終わり”と向き合うこと…」
アイギスの碧い眼には、虚じゃない 僕の顔が映っていた。


「どんなものにも、必ず終わりが来る どんな命も、いつかは消えてしまう…
 それが自分にも来るっていう事を見つめた人だけが、きっと分かるんです…
 自分が本当に欲しいもの…生きる証が、何なのかって事が」


眼を閉じると、ニュクスと戦った あの時が思い出される。
みんな僕のせいなんだと泣く、綾時の姿が思い出される。


アイギスは不安そうな、歯痒そうな顔で僕を見ると
「自分の力が足りないって思った時、悔しくなった訳も…今なら分かります。
  守ることは…もう、わたしにとって、”与えられた役目”じゃなかったんです。
  いつの間にか、わたし自身の望みに変わってて…”滅び”と向き合うって決めた時、
  はっきり分かったんです」


“わたしは機械だから、みなさんを想って涙を流すことさえ出来ない…”

そう言ったあの時のアイギスを思い出す。

「二度とあなたに会えなくなるって想像したら…自分の望んでる事が、初めて分かりました」

アイギスはまた泣き笑いみたいな顔で僕を見ると、屋久島で初めて会った時の様に、はっきりと僕を見て告げた。
「だからわたし…決めたんです。わたし…これからもずっと、あなたを守りたい。あなたの力になりたい。
  こんなの、きっとわたしじゃなくたって出来る事だけど…でも、いいんです。その為なら、わたしはきっと、
  これからも”生きて”いけるから…」

…僕も、これからもアイギスの……みんなの力になりたい。絆が、僕にとっての生きる力だから…
アイギスと顔を見合わせると、アイギスも僕の表情に同じものを感じ取ったのか、
「ありがとう…」
と呟いた。

そう、僕たちはここで約束を交わした時から、ずっと同じ気持ちなんだ。だから…アイギスが泣く必要は無いんだ。
「泣かないで…大丈夫だから……」
そういってアイギスの“涙”をぬぐってあげると、

「そうですね、おかしいですね。せっかく、大切な事が分かったのに、こんな…」
と少し困ったように笑った。


「おぉーい!!」
ずっと下の方から順平の呼ぶ声が聞こえる…
あぁ……みんなも思い出したんだ…よかった…僕は、約束を果たせる。
また、みんなに会えるんだ…


「皆さん…」
アイギスは驚いたように言うと、声の聞こえた方に眼を遣った。そして、
「そうですね…わたしには、絆を結んだ人たちが居る…きっと、ありふれた事でいい…
大切な誰かのためにって、思えること…それだけで、人は、生きていけるんですね…」
眼を閉じて、その大切さを噛み締めるようにアイギスが言う。


綾時……人は確かに、愚かで どうしようもなくなって滅びを望む人だっている。けれど…
それでも人が生きることを止めないのは、大切な仲間が居るからなんだ…。
僕は君にも、そういう人がいたんだって事を、知ってほしかった……
あの時に言ってやれなかった 言ってやりたかった事を想う。
もう僕の中に居ない、ある意味での僕の半身に…


「わたしも、”生きて”いけます…あなたを守るためなら…」
うん、そうだね…
アイギスは、もう誰にとってもかけがえのない“命”だから…
春の陽射しが暖かい。
なんだか眠気が差してきた…


「ありがとう…本当に…疲れたでしょう…?今はゆっくり休んで…わたしはずっと、ここに居るから…」



たくさんの足音と、耳慣れた声が、近づいて来る…
「みんなとも、すぐに会えるから…」
アイギスの声を聴きながら、僕は自分の意識が遠退いて行くのを感じた。




「安心して…いつでも傍で…わたしが守るから…」


夢うつつで、僕はみんなが傍に走ってきたのを感じた。


「わーりぃ悪い、遅くなっちまった って、オイ!何その羨ましいシチュエーション!?」
「…うわ、ひざ枕だ」
「でもなんか絵になりますよね」
「…あれっ、天田君いつの間に?」
「初等部でも卒業式だったんですけど、貧血のフリして抜けて来ました。それで…来る途中でコロマルに会って……」
「ワン ワンッ」
「…まぁともかく、こんな所で立ち話も何だな。教師に見つかっても面倒だ。」
「……そうだな、積もる話もあるだろうが 戻ってからにしよう」
「アイギス、ソイツ寝ちゃってんの?」
「…はい、疲れてらっしゃるみたいで……」
「この状況で寝るかフツー… 俺だったら意地でも起きてるね」
「ハイハイ、いいから運んであげなよ」
「………ソレ、俺が寝てるパターンだったらゼッテー言われることねえんだろうな… 
チキショー…… ま、いいか。アイギス ソイツ貸し、俺が運ぶわ」
「…扱いは丁重にお願いしますね。」
「…ヒデエ!」
「よし、俺達の寮に戻るぞ」



会話だけがぼんやりした意識に入ってくる…。
僕はどうやら、順平に背負われてるみたいだ……



その後断片的に眼を覚ました時にうっすら見えたみんなの顔は、桜並木の中で輝いてるみたいだった



次に眼を覚ました時、僕は自分の部屋のベットにいた。


まだ夜には早いのか、窓から西日が差している。
一階のラウンジからは、みんなの楽しそうな声が聞こえて来る
僕もみんなの所へ行って、話をしたかった
……けど、躯に力が入らなくなってきている もう、時間が無いのか…



しばらくすると僕はまた眠りの波に呑まれていった…





なにかの気配で、また眼が覚めた。
深夜になったのか、寮は夜独特の、しんとした空気に包まれている。
もう身体の感覚が殆ど無く、腕を動かすのも難しいくらいだったけど、なんとか首を動かしてベット脇に眼を遣ると、


見慣れた黒いスラックスと、黄色いマフラーの端が見えた。


「……!」
あまりの事で、声が出なかった
だって…君は……


僕の驚きを感じ取ったのか、暗闇の中でスラックスの影が微かに笑ったような気がした。
一拍置いて、
「…久しぶりだね」
と囁く声が聞こえた。


「どうして……」
ここに、その姿で、 言いたいことはいくつかあったけど、何を言っていいのか、言葉が出なかった。
「…どうしてだろうね。どうして、僕は……また君の前にいるんだろう…全部、終わった筈なのに……」
どこか自嘲するように影が言う。
「…………」
僕が黙っていると、


「…………………ごめん」
暫くの沈黙の後に聞こえたのは、謝罪だった。


僕はその謝罪が何を意味するのか判っていた。
そして僕がどうなるのかも表していた。
「謝る必要なんて、無い」
僕が言うと、
「…だって、僕さえいなければこんな事にはならなかった。ゆかりさんも、天田君も、荒垣さんも、美鶴さんも…………」
かぶりを振っているのか、マフラーの端が左右に揺れている。
「……僕は」
「君だって、両親をなくすことも、叔母さんと揉めることも、
 一人になることも無かった。普通の、一人の少年として 生きていけた筈なんだ……!」
僕の言葉を遮って、半ば叫ぶように影が言う
呼吸が荒いのか、視界の端に見える手が僅かに上下する。


「…ごめん、本当にごめん……」
また泣きそうに謝る。


「…君が悪いんじゃない」
僕が言うと、
「どうして……どうしてそんなことが言えるんだ。 ここの人達は…みんな……いっその事、
 罵ってくれた方が、責めてもらった方が楽なのに……そうすれば、僕も無慈悲な死の化身として………」
本当に泣いているのか、月明かりに零れた涙が反射する。
にぎりしめた両の拳が、小刻みに震えている。

「…だってそうだろう? 君が……僕の中にいなければ僕は…この力を手に入れることは無かった。 
 それに、君はどんな些細な事でも僕に教えてくれたじゃないか。僕は確かに一人だった、
 けど みんなに会えて、みんなのおかげで僕は変われた………」
僕は、ここへ来て絆を結んだ 沢山の人を思い浮かべる。その中には、もちろん綾時も、ファルロスの姿もあった。


だから、綾時…


僕は感覚のない腕を持ち上げて、アイギスにしたように涙を拭おうとした。
けれど届かなかったのか、僕の腕はどこかひんやりとした夜の空気を撫でるだけだった。
「…君が居てくれて本当に良かった、……ありがとう」
腕を伸ばしたまま、暗闇ではっきりと見えない綾時の顔を見上げながら僕は言った。


綾時は何も言わずに、僕の伸ばした手を取った
その手は華奢で、柔らかな人の温もりがあった。


「………君に逢えて良かった」


あ……また、眠気が襲ってきた
もうこれで、最期だろうな……


ゆっくりと、握った手の感触が薄れていく…






…みんな……本当に…ありがとう…………
……さよなら


×


次の日になるまで、俺達はアイツの異変に気づかなかった。
最初はいつもより良く寝てるんだとしか思わなかった。

 

卒業式の翌日、3月6日
記憶を思い出した俺達は、前の日までのどこかよそよそしい空気なんか
元から無いみてーな態度でそれぞれの朝を過ごしていた。
先輩二人は卒業したから、今日は寮で荷物整理をするらしい
俺達学生組は、めんどくせーけど明日の終業式までは学校があるんだよな…
卒業式と同時に春休みでもいいんじゃねーかってツネヅネ思う。

 

俺は前に真田さんにもらった目覚まし時計で眼を覚まして
(別に使わなくても良かったけど、起きないと真田さんに叩き起こされるんだよな…)ラウンジで時間を潰していた。
ソファにはゆかりっちと風花、それと桐条先輩がいた。

 

三人とも喋ったり新聞読んだりしてんだけど、上からアイちゃんが降りてきたのを見てアイサツをした。


「あ、アイギス おはよ」
「お早うアイギス」
「うぃーっす」

アイちゃんはなんでかちょっと暗い感じで、
「…お早う、ございます」
とぎこちないアイサツを返した。


そんなアイちゃんに風花が、
「アイギス、どうしたの?…元気ないようだけど」
と声を掛けた。
アイギスは一度今降りてきた階段に眼を遣ってから、
「……その、湊さんが…」
とだけ言った。

なんだよ、アイツまだ寝てんのか…
そう思った俺は、
「よーぅし、ならこの伊織順平サマがいっちょたたき起こしてやるか!」
とソファから立ち上がった。
「さってど〜やって起こしてやろっかな〜」
アイツが寝坊なんてのは滅多にないから、存分にからかってやるぜ
俺が階段に向かって歩きだすと、後ろをアイギスがついて来た。


部屋に付いてコイツを見たとき、俺はホントに寝てるんだと思ってた。


だから普通に
「おい朝だぜー?いつまで寝てんだよ、ガッコ遅刻しちまうぜ〜?」
と声を掛けてその身体を揺する。
けど湊は、身じろぎ一つせず瞼を閉じている。
「オマエ昨日からずっと寝てんだろ、オマエはあれか!4年に一度起きるオッサンか!?」
さっきよりも若干強く揺するけど、起きる気配がねぇ

俺は一度後ろで不安そうにしているアイギスを振り返って、
「なぁ、コイツアイちゃんが起こしに来た時もこんなだったん?」
と聞くと、


「…はい……その…」
となんかハギレの悪い返事をした。


「しゃーねぇ、こーなったら………」
俺は湊の頬を軽く叩いてみる。

 

………え…
……………………冷たい。


その…なんてーか、もう春先なのにニンゲンとしてありえねーくらいに冷たいんだけど。
首筋に手をやって、口元にも耳を寄せてみるけど、何の反応も無い。
「はあっ!?マジかよ! おい、起きろって……なぁ……おいっ!!」
どんだけ激しく揺すっても、湊は眼を覚まさなかった。

 

「…朝……いつもの時間に起床されていなかったので…起床を促すために来たんですが……
 その…呼吸も、脈も停まってるみたいで……」
俺がアイギスを見ると、アイギスは自分でも判らないっつーカオをして言った。


「………嘘だろ…」
もう一度湊を見ると、本当にただ寝てるみてーにしか見えなかった。

 

「どうした!?」
俺の声を聞きつけて、下にいたみんなが部屋にやってきた。
「順平、なに騒いでんのよ。普通に起こしてあげないとかわいそうでしょ……って………マジになんかあったの?」
「おはようございます……みなさん、有里さんの部屋に集まって、どうしたんです?」
まだなにも判らないゆかりっちや天田少年が、扉の正面に立った美鶴先輩の脇から顔を出す。

 

「………湊が…」
俺がそう言ってベッドの上を示すと、先輩は即座に状況を察したのか駆け寄ってきた。

 

そして掛け布団の上に投げ出された左腕を取ると、袖をまくり上げて手を当てた。
「……え…ちょっと桐条先輩っ!?」
ゆかりっちが、突然の先輩の行動に声を上げる。
先輩は
「静かに!」
とだけ言って、次にさっき俺がやったみてーに首筋に手を当てる。
「………ッ」
先輩の顔色が明らかに変わった。
「…まさか……」
天田少年も異変に気付いたのか、静かに様子を見守っている。

 

そのまま先輩は口元に、次に胸に手を当てると
「…そんな」
とだけ呟いた。

その一言で、その場にいた全員に理解が出来たっぽかった。

「…え、ウソでしょっ!?」
ゆかりっちも駆け寄って来て、さっき俺がしたみてーに湊の身体を揺すり始める。
「…ねえ、……起きてよ。………もう朝だよ!?……いつまで寝たフリしてんのよ………ねえってばっ」
ゆかりっちは泣き笑いみてーな、焦点の定まってないカオで湊を揺すりつづける。
けど、身体を揺する手がズレて首筋に触った時
「……!」
思わず手を離してその身体と、じぶんの手を見比べた。

 

「…何を朝から騒いでいる」
「……真田さん」
ロードワークから帰ってきたらしい、真田さんがやってきた。
「その…リーダーが……」
「何?」
風花の声に真田さんは、俺を押しのけてベッド前にたどり着くと一度ベッドの湊を一瞥し、

傍で立ち尽くしている桐条先輩に声を掛けた。
「…おい、どうなってる!?」
「………わからない、我々が来た時には…もう」
「…なんだと!?……クソッ」

その場に重苦しい空気が流れる。

 

「嫌よ!」
全員の沈黙を破って、ゆかりっちが声を上げる
「…わたし、信じないんだから!……だって彼と約束したんだもん。
………春休みになったら…デスティニーランドに行くって……
お母さんと会うのにも、一緒に行ってくれるって……ウソよ、こんなの…ウソよッ……」
朝の寮に、ゆかりっちの悲鳴が響く。

「……ゆかりちゃん…」
風花がなにか声をかけようとするけど、何をいえばいいのか戸惑っているみたいで、結局口をつぐんだ。

「……ともかく、二年生の君達と天田は一度学校に行くんだ。もうすぐ始業時間になる」
桐条先輩の声に、ゆかりっちが噛み付く
「…こんな時に、学校に行けっていうの!?」


先輩はそれに動じず冷静に
「…こんな時だからこそ、だ。いつまでもここでこうしている訳にもいかないだろ。
……一度、彼を辰巳記念病院へ連れていく。その後我々に出来ることはあまりない…だから…済まないが、今は………」
やっぱ先輩も堪えてんのか、言葉の端々にムリが見て取れた。


「…わかりました 行こう、ゆかりちゃん……」
風花は頷いて部屋に入ると、座り込んだままのゆかりっちを連れて部屋を出ていった。
「…じゃ、僕も行ってきます」
天田少年も若干放心気味のまま、それに続いた。
「………………」
さっきからずっと黙ったままのアイちゃんに真田さんが、
「…おいアイギス……大丈夫か?」
と声をかけるとアイちゃんは、


「…………ハイ、大丈夫です……」


と明らかに大丈夫じゃない声音で返事をすると、
そのままふらふらと部屋を出ていった。


桐条先輩は残った俺に向き直ると、
「…済まないが、今はまだ彼の事は学園には知らせないでおいてくれないか」
と言った。
「…え、どしてっすか」
俺が聞き返すと、
「……彼が何が原因で…その、こうなったのか…まだ判っていない。
だから、その状態で闇雲に事を荒げるのは得策じゃない…」
はっきりとは”死んだ”と言わない先輩の言葉から、先輩もこの事実を認めたくねえってことが見て取れた。
「そうだな、下手なことをするとシャドウやニュクスの事にまで拡大しかねんからな」
真田さんが同意する。
「…了解っす ……じゃあ、鳥海センセには 風邪っていっときます」
「…頼んだぞ」


俺は部屋を出る前に、振り返ってもう一度だけベッドの上の湊を見た。
その姿は、朝日を浴びて穏やかに眠っているようにしか見えなかった。


×


教室に着くと、真っ先にともちーが俺の前にやって来た。
「おいおい お前ら揃って殿様出勤かよ?昨日も卒業式途中でボイコットだしよー・・・
 ちょっと早い卒業の思い出作りかっての」
明らかに面白がってる声音に乗ることが出来なくて、俺はついつい尖った態度を取っちまった。
「・・・・・・何でもいーだろーがよ、俺っちにも事情ってのがあんの」
「へぇ、伊織にも事情なんてモンがあんだな」
背後からの別の声に振り返ると、机一つ隔てた後ろにミヤが立っていた。
「・・・で、どしたんだよ。お前らの寮の連中だけ遅刻で、しかもアイギスさんと岳羽さんは
 なんか近づくなオーラ出しまくってるし、有里は昨日から休みだし・・・・・・」
ともちーが俺の肩に手を回して秘密の話しをするみてーに声を潜めて聞いてきた。
「・・・ん、そういや有里休みだな・・・・・・」
ミヤもアイツの机に一瞥をくれてから、机を回り込んで話の輪に入った。

俺はとりあえずとっさにデマカセを考えて、内心二人に謝りながら言った。
「・・・湊がさ、風邪ひいてんだよ。 でよ、去年の台風ん時にアイツ昏睡?
 みてーな感じだったからみんな心配しちまってさ・・・ゆかりっちとか
 最近アイツといい雰囲気だっだじゃん?アイちゃんはこっち来てからずっとだし・・・だから余計に、な」
胸に広がる罪悪感を感じながらやっとのことで言うと、
「はー・・・この時期にねぇ・・・・・・アイツも難儀だな」
ともちーが人事のように言う。
「まぁ俺みてーに怪我したとかじゃねーなら大丈夫だろ」
ミヤが自分の脚を叩きながら言う。
「そーいやお前のその脚はもう大丈夫なのか?」
ともちーがミヤの脚を覗き込みながら言う。
「おうよ!根性でバッチリだぜ・・・・・・っつっても明日も検診日なんだけどな」
ミヤが苦笑しながら言う。

「みなさん怪我に病気に大変ですねー・・・まぁ俺は健康体だけどなー?・・・・・・
あ、そーだ なぁ、明日って終業式でガッコ早く終わんだろ?」
ともちーが何かを思い付いた顔でにんまりした。
「そうだけど・・・それがどうしたんだよ」
俺はイヤーな予感を感じながら返事をする。
「・・・だからさ、ミヤの検診の帰りにコイツの寮寄ってお見舞いしてやろーぜ 
順平達の卒業式ボイコット騒動も教えてやりてーし」
とニヤニヤ顔で俺を指差す。

・・・・・・・・・やっぱり・・・
オイオイどうすんだ俺、こんな時の対応なんて聞いてねーぞ・・・

嫌な予感が的中したことに焦りながら、しどろもどろで言い訳を作る
「いや・・・でも・・・・・・寝てるかもしんねーぞ?」

ともちーはそれがどうしたと言わんばかりに
「まぁそんときゃアイツの寝顔でも激写して帰ればいいさ。お前知らねーかもしんねーけど、
 アイツ結構下級生とかにカッコイイって言われてんだぜ?
 ・・・・・・・・・だからさ、撮った写真を高額売却で一稼ぎ!・・・・・・てのは流石に冗談だけど」
俺とミヤの呆れた表情を見るとともちーはさすがにたじろいだ。

その後で気を取り直して
「・・・でも起きてなくても誰かが見舞に来たってのはなんか嬉しいだろ?」
と、マジメな顔で言われた。

俺はもう引くに引けなくなって、
「・・・ま、まぁ桐条先輩とかに聞いてみるわ。・・・今先輩達の荷物の片付けとかで慌ただしいからよ・・・・・・」
俺がその場から逃げようとすると、
「・・・順平 どこいくんだよ?もーすぐ授業始まるぜ?」
背中にミヤの声が掛かった。

俺は振り返ると、
「・・・鳥海センセーんとこ、アイツ休みってことまだ言ってねーんだわ」
と言った。これはホントだぜ・・・・・・っつっても単に忘れてただけなんだけどな
「おー そっかぁ」
ミヤはソレ以上追究してこなかった。



「シツレーしまーす」
俺は職員室に入ると、鳥海センセーの姿を探した。
暫く視線をさ迷わせるとすぐにセンセーを見つけた
センセーはじぶんの席らしいトコで何か悶々としていた。

「あー・・・今後どー対応したらいいのかしら・・・・・・改めてヨロシク?今後ともヨロシク?
 ・・・・・・・・・それともいっそのこと何も無かったふうを装う?・・・ってこれはムリか・・・・・・
 それともやっぱ告は・・・・・・ってムリムリ、ソレはないわ」
頭を抱えてぶつぶつ呟いてるセンセーにただならぬ空気を感じたけど、
次の授業がエコ田っつーことを思い出したからとっとと済ませることにした。

「あのー・・・鳥海センセ?」
俺がちっさく声を掛けながら肩を叩くと

「うゎおぅっ!?」
となんかスゲー反応が帰ってきた。

俺がびっくりした姿勢で固まっていると、
「・・・な、なんだ伊織か・・・・・・脅かさないでよ。何?先生に何か用なの?
 ・・・・・・あ、昨日のボイコット謝りに来たとか?・・・だったら別にいーわよ。
 特に怒られもしなかったし・・・あ、でも聞いてよちょっと!昨日のあれで江古田先生
 の愚痴に付き合わされちゃってさー・・・もー長いったらありゃしない・・・・・・
 最近の若者はどーの、生徒会長がどーのって・・・・・・ホワイトキックって、
 アンタの話の方が白けるわよ!・・・・・・あー、思い出したら腹立ってきた。
 やっぱデパ地下の高級スイーツ請求しちゃおうかしら・・・・・・」
一気にセンセーが喋りはじめた。

・・・お、女って怖ぇ・・・・・・・・・

「あー・・・・・・あの、センセー いっすか?」
センセーのマシンガントークを遮って、
「・・・今日湊・・・って、あ・・・・・・有里休みっす 風邪らしいっす。」
言うと、センセーは何でか脱力した
「・・・え、何 彼今日休みなの? なぁんだ早く言いなさいよもー・・・
一人で勝手にびくびくしてたの馬鹿みたいじゃない・・・・・・ってゴメンゴメン。休みなのね?」
「・・・そうっす」
出席簿かなんかに書き込みながら、
「・・・にしてもあの子よく休むわねー・・・いやよくってほどでもないか・・・
転校早々過労で一週間、九月にも風邪・・・意外と病弱なのかしら・・・」
とまた一人で呟き出したセンセーを放置して、
「じゃ、伝えたんで・・・お願いしまーす」
と職員室を出ようとすると、

「あ、伊織!何かあったら言いなさいよ!」
センセーの声が後を追いかけて来た。
何か・・・・・・ねぇ・・・ もう起こってんだけど・・・




授業が終わると、俺達は急いで寮に帰った。
もしかしたらアイツがフツーにソファに座ってんじゃないかって期待して、
けどまだ病院に居るのか、寮内に先輩達はいなかった。


先に帰って来ていた天田が、ソファからアイサツをしてきた。
「あ、おかえりなさい」

「うん、ただいま」
「・・・うぃっす」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

俺と風花は返事したけど、
ゆかりっちとアイちゃんはムゴンだった。
・・・まぁ、無理ないか
「・・・・・・・・・」
天田も理解してんのか、なんかいたたまれないカオをした。

五人でソファに座って、何をするでもなくぼんやりする。
「・・・なんで、こんな事になっちゃったんでしょうか・・・・・・」
ぽつりと、天田が言う。
「・・・ホントにね・・・・・・。なにかの間違いならいいのに・・・」
風花が不安そうに答える。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
それきり会話が続かなくなって、重苦しい沈黙が流れる。

間違い・・・・・・か、確かに間違いだったらどんなにいいか・・・
人としての重みがあるのに、そこに生まれるはずの温もりが消えて行く―――
俺はあの時のアイツを思い出して、思わず手を握りしめた。





暫くすると、先輩達が帰ってきた。
真っ先にゆかりっちが桐条先輩に駆け寄って、
「・・・先輩 アイツは・・・・・・アイツは一緒じゃないんですかっ!?」
「美鶴さん・・・・・・湊さんは・・・」
アイちゃんも先輩に尋ねる。

そんな二人の様子に真田さんは、
「・・・・・・ッ」
顔を逸らして眼を伏せた。

ゆかりっちとアイちゃんは、そんな真田さんをちらりと見て、
また桐条先輩に向き直った。
「・・・・・・・・・先輩・・・」


桐条先輩は、悔しそうに眼を伏せると、
「・・・・・・病院での検査の結果・・・彼が昨日未明既に・・・・・・亡くなっていた事が判明した・・・・・・・・・」

「そんな・・・」
風花は口許を押さえ、
「・・・っ」
天田も驚愕を隠せないでいる。
「・・・・・・マジかよ・・・」
俺は目の前が真っ暗になったような感じがした。

「な・・・亡くなった・・・・・・って・・・・・・死んだ、って・・・コト・・・?・・・・・・なんで・・・・・・どうして・・・?」
茫然と、ゆかりっちが先輩を見上げる。
先輩は、なんとか冷静を保っているような顔で、
「・・・・・・っ判らない・・・身体にも内蔵にも、どこにも損傷が無いんだ・・・・・・なのに・・・」
と言った
「な、ならタルタロスの時みたいに反魂香で・・・・・・」
天田が希望を滲ませて言う
「・・・・・・!」
ゆかりっちははっとして先輩を見る
けど横から真田さんが、
「・・・もちろん試したさ、反魂香も、地返しの玉も、リカームも・・・全部・・・・・・」
と言って俯いた。
「・・・そ、そんな・・・ウソよっ・・・・・・・・・いやああああああぁぁぁぁぁっっ!!!!」
ゆかりっちは、桐条先輩にしがみついて泣き出した。
「ゆかり・・・・・・・・・」
先輩もゆかりっちの背中に手を回して、静かに涙を流した。

「・・・・・・っ」
「有里さん・・・・・・」
二人につられたのか、風花と天田の眼にも涙が浮かんでいる。

「・・・・・・クソッ・・・何が力だ!・・・大切な奴を誰一人守れもしないで・・・・・・俺は・・・ッ畜生!」
真田さんが拳をカウンターに叩き付ける。

「わたしは・・・・・・わたしは、あの人の・・・傍にいるって・・・・・・
 いつでも、・・・わたしが・・・守から・・・って・・・・・・そう、言ったのに・・・ッ
 ・・・・・・約束っ・・・したのにっ!・・・・・・なのに・・・・・・・・・・・・」
アイちゃんがその場に崩れ落ちる。




嗚咽が響く中、俺はそこでただ立ち尽くすことしか出来なかった。


×


ラウンジの空気に耐えられなくなって、俺は2階へ上がってきた。
嗚咽とかそういうもんは流石にここまで届いて無くて、無人の空間独特の静けさが漂ってる。
(・・・どうすっかな・・・・・・)
廊下の真ん中で突っ立ったまま、ぼんやり考える。
アイツが死んだってのに、妙に冷静な俺自身に軽く自己嫌悪しながら視線をさ迷わせると、
「・・・あ」
半開きになった、アイツの部屋のドアが目についた。
(・・・そっか・・・今朝慌ただしかったからな・・・)
そう考えながら廊下を進んで、一番奥までたどり着く。
ドアノブに手を掛けたまま暫く考えて、
俺はドアを閉めずに半開きの隙間に身体を滑り込ませた。

先輩達が片したのか、アイツの性分なのかは知らなかったけど(多分アイツの性格だな)部屋は俺からしてみれば何も無かった。
綺麗に片付けられ、床には何も落ちてない。

「・・・・・・・・・」
机の上のノートを手に取ると、中にはアイツの几帳面な字で江戸川の総合学習の内容が書き込まれていた。
(・・・こんなモンマジメに受けなくてもいいのに)
・・・たまに昼寝でもしたのか、文字が歪んで途絶えてるトコがある。
(・・・そういや物凄い勢いで爆睡してたっけ)
授業中のアイツを思い出す。寝てるってわかんねーような絶妙の角度に姿勢を保ったまま、瞼を閉じている。
その姿と、今朝の動かないアイツが被って、俺は反射的にノートを閉じた。

机の上にはノートや参考書の他に、携帯やノーパソ(俺がよこしたネットゲームが入っていた)
タルタロスの探索の時ですら外さなかった音楽プレイヤーが、ヘッドホンに繋がれたまま置いてあった。
(アイツがどんな曲聴くのか、一回も聞いたこと無かったな・・・)
俺はいつもアイツがそうしていたようにイヤークリップ式のヘッドホンをはめると、プレイヤーの再生ボタンを押した。
ノリのいいギターの入りから、英語のメロディが流れてくる モールとかでも良く流れてる、割と有名所の女性アーティストだ。
他にもロックやラップとか、幅広い曲が多く入っている。
ただ俺が普段聴く時よりも若干音量がデカくて、良く俺らの話が聞こえたなって思った。

扉近くの戸棚を開けると、いろんなモンがおいてあった。
若干の本、CD、部活のユニフォームに私服、ヴァイオリン・・・
SEESの腕章に、ホルスターに収まったままの召喚器、それといくつかの武器に、装備品、回復アイテム・・・
こうして見ると、アイツの趣味とか個人の持ち物が、やけに少ないことに気付いた。
「これ・・・・・・」
視線を外した先 戸棚の裏側に、数枚の写真が留めてあった。
部活で撮ったらしい、ミヤや西脇の写った写真(大会かなんかなのか、
遠くにぼやけた早瀬とかいうスゲー奴もみえる)これも部活の写真か、
楽器を持った風花と、上級生らしいメガネの人が意見を交わしている写真。
新聞部の作った新聞にも載ってた、生徒会メンバーの写真・・・
11月に撮った、俺達と武治サンの写真、修学旅行の時の写真(清水の舞台に立つ、綾時の写真もあった)
裏には丁寧に、日時 場所 人物の名前や状況が書いてあった。
そしてそれらの写真に隠れるように、他のより少し色あせた写真が留めてあった。
「・・・・・・・・・」
写ってんのは、結構美人なスーツ姿の男の人と女の人 それと、半ズボンにネクタイを締めた、やっぱ前髪の長いちっさい湊だった。
小学校の入学式なのか、桜の舞ってるどこかの正門前で、三人とも微笑んでいる。
俺はアイツの両親が死んでるってことをクラスの奴らに聞いただけで、
実際にアイツとそういう話はあまりしなかった。
いつか話したければ話すもんだと思っていた。そん時はアイツん家だけでなくて、
俺ん家の話しとかもするんだろうって軽く考えてた。

・・・・・・けど、もうそんなありきたりな 当たり前にありそうな日常をアイツと過ごすことはないんだって思うと急に泣けてきた。

(・・・俺、なんで今んなって急に・・・・・・)
ぼやけてきた視界の中で写真を眺めてると、不意に声がした。
「あっ・・・順平君・・・・・・」
見ると、風花がドアから顔を覗かせていた。
「お、おう・・・風花か・・・」
眼に滲む涙を擦り、再生しっぱなしだったアイツの音楽プレイヤーを停める。
「・・・それ、有里君の?」
俺が持ったままのプレイヤーを風花が示す。
「アイツがどんな曲聞いてたのか気になって、な・・・」
俺はそう言うと、ヘッドホンを外してまた机の上に置いた。
「・・・あっ、このヘッドホン・・・・・・」
そういうと風花は黙っちまった。
「どした?」
「あ・・・うん・・・このヘッドホンね、前にわたしが作って・・・有里君にあげた奴なの・・・・・・
 だから・・・ちゃんと・・・使って・・・・・・くれてたんだな・・・って・・・」
風花の声には次第に嗚咽がまじり、眼からは涙があふれている。
「・・・ごめ・・・・・・急に・・・・・・・・・順平君も・・・辛いのに・・・・・・
 みんな・・・大事な人を亡くしたことがあって・・・また、辛いことが起きて・・・・・・
 わたしはまだ・・・・・・そういうの・・・経験してなくて・・・・・・なのに・・・
 なんだか自分だけ辛いみたいに・・・こういうときだから・・・・・・わたしがしっかりしないと・・・・・・いけないのに・・・」
風花は一生懸命涙を拭ってるけど、なかなか止まらねーのかうつむいて顔を覆っている。
「・・・みんな辛いさ・・・・・・誰が一番、なんてコトじゃねぇよ。辛いなら吐き出しゃいいんだ・・・俺達・・・・・・仲間なんだしよ・・・」
俺はポケットからハンカチを取り出して(日頃使ってなくてよかったぜ・・・)風花にさしだした。
風花は顔を上げるとハンカチを受けとって涙を拭った。
「・・・そうだね・・・・・・荒垣先輩の時も、桐条先輩のお父さんの時もそうだったもんね・・・」
そうだ、あんときは真田先輩が天田を、桐条先輩をゆかりっちが立ち直らせてんだ。
今回はそれがちとでかいってだけじゃねぇか。
「俺、アイツが死んじまったのに・・・前にチドリがいなくなっちまったときよか悲しくなくてさ・・・
“人の死”ってのは慣れちまうモンなのかって怖くなった・・・妙に冷静な自分に腹立って・・・
 けどさ、今はそうじゃねぇ部分もあんじゃねぇかって思うんだわ」
「うん・・・死んだ人を悼むのと、落ち込んで逃げてるのは違うって 前に天田君も言ってた。
 ・・・みんなが立ち直れるように、わたしたちに出来ること・・・しよ」
「・・・そだな」
俺達に出来ること・・・アイツのためにしてやれること・・・ちゃんとかんがえねーと
二人で湊の部屋から出ると、まだ少し眼の赤い桐条先輩が携帯を片手に何やら電話してる最中だった。


「・・・はい、今回はこんな急な事で・・・・・・お預かりした甥御さんをこのような形でそちらに報告する事になるとは・・・・・・
本当に申し訳ない・・・はい・・・・・・はい、では・・・お待ちしてます」
先輩は通話を切ると、息を吐いて自販機前のソファに座った。
「・・・身内が亡くなったというのに・・・・・・何故ああも冷静でいられるんだ・・・」
俺と風花はその言葉に通話相手が誰なのかがわかった。
「桐条先輩・・・」
風花が声をかけると、先輩がこっちに気づいて顔をあげた。
「・・・君達か、今の電話・・・・・・聞こえてしまったか」
俺達の表情を見て、先輩が自嘲するように言う。
「・・・すんません」
俺が謝ると先輩は
「いいさ、気にすることじゃない」
と手を振った。
「・・・有里君の親戚の方・・・ですか?」
心配そうに尋ねた風花に先輩は、
「ああ、彼を引き取った親族に連絡をと思ってな・・・何かをして気を紛らわそうと思ったが・・・やるべきことはこんな事しか無くてな」
とアイツのことが書いてあるっぽい紙束を掲げながら言った。
「有里君も天田君みたいに・・・?」
「そうだな、親戚の援助で通っている。・・・もっとも、彼の場合は幾月によってここへ呼ばれたらしいが・・・」
先輩が手元の紙束をめくりながら言う。
「・・・そっか、アイツは綾時を持ってたんだもんな・・・・・・幾月の野郎が余計な事しなけりゃ、
 アイツは死ななかったのかも知れねぇのに・・・クソッ」
俺がそう吐き捨てると風花が、
「・・・でも、有里君がいなかったら滅びを回避でき無かったんじゃないかな・・・?」
「あっ・・・そか」
現実ってうまくいかねぇのな・・・
「・・・それに、彼の場合ここに転校しなかったからといって幸せだったとは限らないみたいだ」
桐条先輩が付け足すように言う。
「えっ、どういうことですか?」
風花が聞き返すと、
「・・・彼の家はかつての桐条の名士会上位・・・いわばそれなりの家だったんだが・・・
 十年前あたりから没落・・・とでもいえばいいのか・・・あまりよい状態とは言えなくてな。
 そのあおりを受けて彼は遺産相続などの関係からかあちこちの学校を転々としていたみたいだ。
 中学からはずっと一人暮らしをしていたらしい・・・」
と痛ましそうな顔で書類に眼を落としている。
「だからアイツの部屋には自分のモンがすくねぇのか・・・」
俺の呟きに先輩が、
「恐らく、度重なる転校と引越で自然とそうなってしまったのだろうな・・・」
と難しい顔をする。
「・・・そんなことが……」
風花が思わず呟いた。
「・・・だから、こんな事になってしまったが私は彼がこちらに来てよかったんじゃないかと思っている。
 ・・・戦いの原因が桐条家にあるとしても、だ。転校初日の彼が、よく“どうでもいい”と言っているのを聞いたが・・・
 それも日を重ねる内に言わなくなったように思う・・・デスの影響かは判らないが、彼は少々クール過ぎるきらいがあったからな・・・」
先輩の話をききながら、俺は思い当たる節がいくつかあるのに気付いた。
最初は何でもただ淡々とこなすだけでスカした奴だって思ったけど、
いつのまにかそんなんでもなくなってた気がする。・・・たまに強引な戦闘とか始めてたけど、今んなって思えば、俺らのためっぽいし・・・
「私も、彼に逢えて良かったと思ってます」
風花が微笑んで言う。
「・・・無論、私もだ。他にもそう考える彼の友人は多いんだろうな」
先輩も同じ様に微笑んでいる。
「そうっすね。アイツああみえて顔広いから・・・古本屋の爺さんに、小学生に、坊さんに、社長に、病弱な兄さんに・・・・・・」
声にだして数えてたら先輩と風花が驚いた顔をした。

「ずいぶん幅広いな・・・」「・・・ホントに広いんだね」

「あとは学校にも何人かいたな・・・」
と俺が呟いていると、
「今回のことで、彼の親類は葬儀はこちらでやるから彼を引取に来るまでにお別れなどはそちらでやってくれと言って来てな・・・
 終業式で彼の友人達が捕まりやすい明日にでも行おうと思うんだが・・・君らから彼らに伝えてもらえないだろうか?」
と先輩が言った。
「そっか・・・春休み入っちゃったら会うことも難しくなりますもんね・・・」
風花の同意に
「ああ・・・そういうことだ」
と先輩が頷いた。

「じゃあ俺は・・・ともちーとミヤと・・・あと誰だ・・・?」
「わたしは・・・えっと・・・ケイスケ先輩かな・・・」
「生徒会の伏見と小田桐、それから鳥海先生には私から言っておこう・・・
 ゆかりや明彦には恐らく頼めないだろうから・・・すまない、君ら二人でなんとか伝えてもらえないだろうか」
そう続ける先輩の言葉に

「ういっす 了解っす」
「わかりました」
俺たちは二つ返事で頷いた。


×


終業式が終わって放課後になると、ともちーが俺の席に寄って来た。

「よ〜っし、じゃあ昨日言った通り湊の見舞行こうぜ」
何故か無駄に明るいともちーに、ミヤがツッコミを入れた。
「その前に俺の検診だろうがよ・・・まぁ、検診つっても完治した後の確認みたいなもんだし、
実際に動かしても平気か診るだけだからよ・・・・・・お前ら先行っててもいいぜ?」
「いーって、お前が一人で泣かない様に一緒に行ってやるって!」
「バッッカ、誰が泣くかよ」
ともちーの軽口に、ミヤが呆れる。
俺はアイツのことをどう切り出したらいいのかわかんなくて、二人の会話を眺めつつタイミングを見計らっていた。


「つかさ、順平さっきからなんで黙ってんの?」
「お前も風邪移ったのか?」
気付くと二人が俺の顔を覗き込んでいた。
俺は“今だ”と思って小さく息を吸うと、二人に“事実”を告げた。

「・・・アイツ・・・さ、死んだんだ」

言った後に他にもっとまともな言い方があったんじゃねえかと思ったけど、
言っちまったモンは仕方ねぇ・・・俺は腹を括って二人の反応を待った。

「・・・・・・は?」
最初に反応したのはともちーだった。
「おまえ・・・何言っちゃってんの?・・・いくら何でもその冗談はきつくねえ?」
若干放心したような顔が徐々に怒りを混ぜた顔になって俺を睨む。
「・・・・・・・・・」
俺が無言でいると今度はミヤが、
「・・・順平、さすがにそれは笑えねぇって」
と苦笑している。
「・・・・・・・・・・・・」
それでも俺が黙っていると、
ミヤとともちーが顔を見合わせる。

「・・・え、マジ・・・・・・なの?・・・冗談抜きで?」

有り得ないとでも言うようにともちーが俺を見る。
「・・・・・・・・・」
ミヤも真顔になって俺の方を見ている。
「・・・嘘じゃねぇさ・・・・・・ホントに、アイツ死んじまったんだよ・・・」
と言うと、

俺はミヤにいきなり胸倉を掴まれた。
「!?」
俯いた目線を無理矢ミヤに合わさせられる。
「・・・なんでだ!・・・・・・なんで、・・・なんで死んだ!?」
怒ったような泣きたいような顔をして、ミヤは怒鳴る。
いつのまにか教室は俺らだけで、
春の陽射しにてらされた教室にミヤの怒鳴り声が響く。
「・・・なんでっ・・・・・・イキナリ・・・そんな・・・」
俺を掴み上げた手は怒鳴る内に力を失っていった。
「宮本・・・」
俺は掴まれたシャツを直しながら、
「・・・昨日、急に・・・肺炎、こじらせてさ・・・・・・んで、そのまま・・・」
昨日桐条先輩と示し合わせた“死因”を告げた。
「・・・んなことで・・・アイツが、死んだってのか?」
ともちーが呟く。
「・・・俺に肩貸しても平気そうだったのにな・・・・・・」
幾分か落ち着いたミヤが言う。



そのあとは誰も言葉を発しなかった。
しばらくして誰からとも無く教室を後にした。


見舞どころじゃなくなったってのに、俺とともちーはミヤの検診についてきた。
多分特に理由は無かったと思う。
ただ、このまま別れて帰るにはちょっと・・・って空気だった。

無気力症の患者が退院して閑散としている病院の廊下で、俺とともちーは壁に背をもたれかけてミヤを待つ。

『・・・外科の二階堂先生・・・・・・二階堂先生・・・いらっしゃしましたら四階ナースステーションまでお越しください・・・』

そんな院内放送が廊下を通り過ぎてった時、
ぽつりと、ともちーが呟いた。

「・・・アイツも、ここにいるのか?」

「ああ」
アイツの身体はあれから親戚が引取に来るまでここで預かられるって先輩が言っていた。
「・・・そこの・・・曲がってちょっと行ったとこにさ」
と続けると、
「そっか」
ちらりとその方向を見て、それからすぐに視線を戻して言った。
俺もつられて同じ方を見ると、見慣れた人影が角を曲がるのが見えた。
「・・・!」
思わず眼を見張ると、ともちーは見てなかったのか不思議そうな顔を俺に向けた。
「どうした?」
「・・・いや、なんでもねぇ」
俺はそういうと浮かせた背をまた壁に預けた。
(・・・今の・・・・・・ゆかりっちか・・・?)
一瞬だけだったけど、たしかにそうみえた。
(・・・けど、なんでここに・・・・・・もしかして・・・?)
思考に嵌まりそうになった時、丁度ミヤが診察室から出てきた。
「・・・待たせたな」
俺は一瞬で現実に引き戻されて、
「いいって ・・・ってか明日さ、アイツの・・・お別れ会・・・みてーなの、やるんだけどさ・・・来れるか?」
と俺が切り出すと
「・・・明日か?・・・・・・わかった」
「あのよ・・・結子・・・・・・西脇も誘っていいか?」
とすぐさま返事が帰ってきた。
「・・・ああ、誘ってやってくれ」
俺はもう一度アイツの身体がある曲がり角の向こうを見遣った。


それから何をするでも無く三人で商店街をぶらついた。
あまりテンションは高くかったけど、ぽつぽつとアイツの話をした。
俺ら全員、元気と空元気の中間の何かを振り絞ってるような感じだった。

「・・・文化祭の片付けの時はさすがに俺もヒヤッとしたぜ」
「あぁ・・・あん時か・・・修羅場・・・ってのがマジにあるもんだとは思わなかったぜ」
「あれは怖かったよな・・・」
「・・・結局アイツ、誰と付き合ってたんだろうな?」
「結子・・・ああ、ウチの部活のマネージャーと・・・ってのは部活仲間から聞いたけど」
「え、ウソ 俺は岳羽さんだと思ってた」
「俺は風花だと思ってたんだけどよ・・・なんか廊下で会った女子に桐条先輩とつきあってるってのも聞いたぜ・・・?」
「あーそれあの生徒会長の追っかけやってる子だろ?俺も聞いた」
「結局何なんだろうな・・・アイツ」
「多分あれだろ、誰に対しても誠実過ぎて周りが勝手に暴走するタイプだろ」
「誠実ねぇ・・・アイツあの状況気づいてたのか?」
「・・・気づいて無いっぽかったぞ」
「うわ、羨ましいなオイ・・・あれって一種のハーレムだろ?」
「・・・・・・なぁ、知ってたか?アイツ小学生とも仲良くなってたぜ」
「ちょっ!?それはマズすぎるだろ・・・いくらなんでも」


会話が一段落した時、ともちーが空を仰いで言った。
「・・・俺さ、高校卒業して・・・大学入ったら・・・アイツが羨むようなすっげー恋愛してやるんだ!」
ともちーの顔には妙に晴々とした笑顔が浮かんでいて、俺はともちーがアイツの死を“受け入れた”んだと思った。
ミヤも、
「そうだな、俺も部活休んでた分開いたタイム縮めて、ぜってーアイツが追いつけねぇような
結果だしてやる・・・・・・で、俺があっち行ったらアイツに自慢してやるんだ」
と拳を握った。
(・・・強いな、おまえら・・・俺も頑張んねぇと・・・)

「・・・あれ、真田先輩じゃね?」

気づいたら話題が別の方向に向かっていた。
ともちーの声に商店街を見ると、いつもの牛丼屋の前で真田先輩が誰かと立ち話をしているのが見えた。
「・・・一緒にいるの・・・・・・誰だ?」
俺が眼を懲らしていると、ミヤが半ば叫ぶように言った。
「早瀬だ!アイツなんでここに・・・」
・・・早瀬・・・どっかで聞いたような・・・
俺が記憶を漁っていると
「ああ、あの超高校級の?・・・だったらすげーなアレ、陸上の超高校級とボクシングの超高校級が会話してんだろ?」
ともちーが驚いたように言う。
ああ、そうだったな・・・アイツが夏の大会で上位入った時に優勝した奴だ。
「アイツ確かガッコ辞めて関西行ったって聞いたけどな・・・」
とミヤが首を捻っている。
「たまたま帰省してるだけじゃねーの?・・・てか暗くなってきたし、そろそろ帰る?」
ともちーのその言葉に辺りを見回すと、商店街は夕日でオレンジ色になっていた。

「・・・そだな、じゃ・・・また明日な」
「おう」
「じゃーなー」

俺達はそこで別れて帰路についた。



×


学校が終わると、私は辰巳記念病院へと足を進めた。
受付で彼のいる病室を聞いて、そこへ向かう
途中順平らしき人影を見つけたけど、私は無視して角を曲がる。
彼と約束するのに誰かと一緒なのは何となく嫌だったから・・・

入院者を表すプレートになにも書かれていない病室の前にたどり着くと、
急に入るのが怖くなった。
胸の前で手を握り、威圧感を放っているように見える扉を見上げる。
(・・・ダメ・・・ここで帰ったら・・・彼に、伝えられないんだから・・・)

「・・・・・・・・・」
私は逡巡していた右手をようやく前に出す。
気持ちとは裏腹に目の前の扉はあっさりと開くことが出来た。

「・・・・・・」
扉を開いたことで締め切られた室内の空気が掻き混ぜられ、私の鼻にうっすらと線香の匂いを運んできた。
香水とは違う、どこか人の感情を麻痺させるような匂いを感じながら
カーテンの締め切られた薄暗い病室の奥へと視線を移す。

「・・・・・・・・・湊君」
呟いた先には、シーツに覆われた彼の姿
彼の横たわるベットの傍まで歩き、
去年の四月、寮がシャドウに襲われて倒れた彼を見舞った時と同じ様に見下ろす。
けれどあの時とは違って彼はもう眼を醒まさず、私に笑いかけてはくれない。

そっと、彼の顔を覆うシーツを外してみる

現れたのは、眼を閉じ眠っているような彼の顔。
ただその顔には生気が無くて、元々白い彼の肌を一層白く見せていた。
指先でそっと彼の頬に触れてみる。
それから手の平全体で、
彼は氷のように冷たくて、私にはっきりと彼の“死”を告げてきた。


『♪♪♪♪♪♪♪』


その時、制服のポケットに入れていた携帯が着信音を奏でる。
電源を切り忘れてたみたい。
慌てて電源を切ろうと携帯のフリップを開くと、よく知った名前が。
数秒迷ってから着信ボタンを押した。

「・・・もしもし、・・・・・・うん その事なんだけど・・・ちょっと、また今度にしてくれない?
 ・・・、・・・、・・・あ・・・ちがうの 会いたくないとかじゃなくて・・・私もちゃんと母さんと 話したいって思ってる
 ・・・・・・うん・・・けど、ちょっとまだ都合つかなくてさ・・・ゴメン・・・・・・
 いいのいいの、都合ついたらまたこっちから電話するから・・・・・・うん、じゃ・・・また」

電話を切り、そのまま電源も切ってまたポケットに仕舞う。
私は・・・ちゃんと前を向いて・・・生きなきゃいけない
冷たくなった彼の手を握って、私の額に当てる。

額を心地よく冷やす彼の手を感じながら呟く。
「・・・私・・・頑張るから、人が・・・ニュクスなんかを二度と欲しがらない世の中にしてみせるから・・・
 明日から、ちゃんと前向くから・・・だから・・・・・・だから・・・今だけは・・・泣いても・・・いいよね・・・・・・?」

それからまた彼の顔を眺める。
「・・・・・・・・・」
彼の頬に、透明な雫が幾つも落ちる。
ひとつ、ふたつと落ちて、彼の頬を濡らす

「・・・・・・・・・どうして・・・」
抑えていた想いが、言葉になって溢れ出す。
もう、自分でもわかんないくらい どうしようもなく
「・・・ずっと傍にいるって、言ったじゃない・・・・・・お母・・・さんにも・・・
 一緒に会ってくれるって・・・言ったじゃないっ・・・・・・っく・・・なのに・・・
 なんで今、いないのよ・・・・・・・・・っ」
彼の胸にしがみついて、ただ溢れる感情に身を任せた。
「ずっと・・・・・・ずっと・・・一緒にいたかったのに・・・なのに・・・
 なんで・・・いっちゃうのよ・・・・・・父さんも・・・君も・・・・・・」



暫くそうしていると、なんとか落ち着いてきた。
いつの間にか病室の中は更に暗くなっていて、カーテン越しに西日が差していた。
涙を拭って立ち上がると、彼の頬に落ちた涙をハンカチで拭う。
「ゴメンね・・・ありがと・・・・・・私、頑張るよ・・・・・・」
シーツを元通り彼に被せて、病室を後にする。

最後に一度だけ振り向いて小さく別れを告げる
「・・・さよなら」



病院を後にして、夕暮れ時の商店街を歩く。
ニュクスの影響が消えた今、カルトも消えてまた元通りの街が戻ってきた。
彼を失った私を除いて・・・

(いけない・・・)
また暗い方向に行きかけた感情を振り払うように軽く首を振ると、滲んだ涙が溢れないよう空を見上げる。
(・・・私は・・・前を見てなきゃいけない 彼との約束は未来でしか果たせない・・・)
眼を閉じ、また前を見る。

商店街の外れに、予備校があるのが見えた。
「・・・・・・予備校・・・」
私は進路を変更して、その建物を目指した。

(立ち止まってちゃいけない・・・ずっと、未来だけを見てなくちゃいけない・・・)
自分に言い聞かせるように、心の中で呟きながら。


×



躊躇っていた指を、ようやくボタンに載せる
それからボタンを押そうとして、また躊躇う。

さっきからそれの繰り返しだった

「・・・・・・はぁ・・・」
溜息と一緒に座っていたベットに背中から倒れ込む。
携帯の電話帳には、今年卒業した先輩の名前が表示されている

“平賀慶介”

(・・・何て言ったらいいんだろ・・・・・・)
そんな事を考えながら携帯を眺める
“彼”の死を、どんな風に言ったらいいのか
そればかり考えていた。

けれどなにも浮かばなくて、かれこれ二時間近く過ぎてしまった。

(・・・逃げたら・・・ダメだよね)
今の自分はペルソナ使いになる前、自分は何も出来ないと塞いでいたあの頃と
変わらない・・・そんな気がする。
(・・・私が、しっかりしなきゃ・・・みんなの支えになれるように・・・・・・)

逃げてはダメだ
そう自分に渇を入れて、ベットから起き上がる
それから、携帯の『通話』ボタンを押した。



数秒のコール音の後、先輩はすぐに出た。
『・・・もしもし山岸さん?・・・なんだか卒業した後に声を聞くと久し振りって感じが
 するねー どうしたの急に・・・部活の事で何かあったのかい?』

人懐っこい先輩の声を聞いたら、伝えるのが怖くなった。
けど、もし彼のことを教えなかったら、きっと先輩は悲しむだろう・・・
そんな事を考えながら、小さく息を吸って電話越しの先輩に話しかける。

「あの・・・先輩・・・・・・その、有里君の・・・事なんですけど」

『うん?やっぱり来年度の部長は僕としては彼がいいなあ・・・中途入部だけど、彼なら
 うちの管弦楽部を引っ張ってくれると思うんだよね・・・・・・あ、山岸さんが部長やっても
 いい部活になるんじゃないかな・・・復学してからすごく頑張ってたし・・・そういえば
 彼・・・卒業式休みだったけど、風邪でも引いたのかい?もしあれなら症状を教えて
 くれれば対処の仕方とか、指示出来るんだけどさ・・・それかうちの病院に予約入れられないか
 父さんに頼んでおくけど・・・・・・』
相変わらずの先輩の明るい声を遮って、言った

「あの、それが・・・昨日未明に・・・・・・有里君・・・・・・・・・」
『・・・えっ?』
「・・・昨日、肺炎で・・・・・・」
そこまで言ったところで先輩が私の言わんとすることを察した。

『・・・そんな、急に・・・・・・おととい様子見た時点ですごく辛そうとか、熱が高いとか・・・
 気づかなかった?寮母さんとか、そういう人がちゃんと病院連れてったの?』

「・・・その、おとといまでは・・・そんなに辛そうには見えなくて・・・四日もちゃんと学校
 来てましたし・・・・・・でも・・・・・・・・・ごめんなさい・・・」
私はなぜか分からなかったけど、謝ることしか出来なかった。
先輩はそこで落ち着いたのか、さっきよりも声を落として

『あっ・・・ゴメンね・・・責めるみたいな事・・・・・・僕なんかよりも、友達の山岸さんの
 方が何倍も辛いのにね・・・・・・ホント、ゴメン・・・』
「いえ、いいんです・・・ちゃんと病院行くように言ってれば、もしかしたら・・・」

彼がいなくなってから、私がずっと気になっていたのはそこだった。
四日に会った時に彼の顔色が悪いことに気づいていながら、
ちゃんと病院に行こうって言わなかったから・・・
それで何かが変わるかって言われたら、変わらないかもしれないけど、
もしかしたら・・・って、ずっと考えてた。

『・・・そっか・・・・・・今日は、わざわざ僕にそれを?』
「はい・・・桐条先輩が、彼のお別れ会をしようって言ってくださって・・・それで」
私がそういうと、
『桐条さんが?・・・・・・そっか、彼・・・生徒会もやってたもんね。小田切君がよく彼を
 褒めてたなあ・・・・・・』
と懐かしむように言った。

「先輩・・・浪人したって聞きましたけど・・・・・・こられますか?」
『もちろんだよ 僕は彼のおかげで医者の道を進むって決心できたんだ。だから・・・
 その彼のお別れなら・・・行くのは当たり前だよ』
私の言葉に先輩はすぐに頷いた。

「・・・えっと・・・じゃあ、明日の午後一時から厳戸台分寮・・・あ、私たちの住んでる寮
 です。もし分からなければ私が迎えに行きますから・・・・・・」
『・・・わかった 駅降りてちょっと行ったとこだよね?必ず行くから・・・
 伝えてくれてありがとう それじゃ、明日ね』

最後にそういうやり取りをして通話を終えた。

「・・・・・・・・・・・・」
座った姿勢のままぼんやりとしていると、手の中の携帯が震えた。


『♪♪♪♪♪♪♪♪』


「わ・・・ひゃっ」
思わず小さな悲鳴を上げて飛び上がりながらも着信ボタンを押すと

『あ、もしもし風花?元気してた?』
「・・・夏紀ちゃん」

よく知る相手に安堵しつつも返事を返すと、夏紀ちゃんは明るい声で
『そっちさ、明日から春休みじゃん?もし風花がよければなんだけどさ・・・
 どっか行って遊ばない?あ、もしかしたら補習とか入ってたりする?』
と言った

「・・・明日か・・・明日はちょっと・・・・・・」
有里君のお別れ会があるから難しいな・・・
私が言い淀むと

『あー・・・そっか、まぁ明日じゃなくてもいいんだけどさ 風花の暇なときで』
「うん・・・ありがとう・・・・・・」

『風花さ・・・』
私が黙っていると、夏紀ちゃんは妙に神妙そうな声になって
「うん?」

『なんかあったの?』
と言った。

「・・・え!?」
『何て言うかさ・・・ホラ、前のお正月辺りの時みたいになんか溜め込んでる感じがする
 アタシじゃ話しくらいしか聞けないけどさ・・・何かあったら相談しなよ?』
と、あの時のように言ってくれた。

(・・・これじゃ前の繰り返しだね・・・・・・)
私は頭の中で思いながら会話を続ける。

「私に何かあったわけじゃないんだけどね・・・F組の有里君て・・・覚えてる?」
『うん、風花と同じ寮の人でしょ?あのちょっと中性的なカッコイイ子・・・彼が
 どうかしたの?』
「・・・・・・彼が・・・彼がね・・・・・・昨日、肺炎で亡くなって・・・」
『えぇッ・・・ちょっとそれ十分何かあったの領域じゃん!風花・・・・・・アンタほんとに
 大丈夫なの?』
夏紀ちゃんは私の心配をしてくれるけど、私は大丈夫

「私は大丈夫なんだけどね・・・みんな、ちょっと落ち込んでる・・・こんな時、私は
 どうしたらいいのかな・・・どうしたら、みんなに元気になってもらえるかな・・・」

『・・・自分よりもみんなの心配か・・・アンタらしいね』
夏紀ちゃんは電話越しにちょっと笑ったみたいだった。
それから
『・・・アタシはたいしたこと言えないけどさ・・・やっぱ、無理に気を使うより・・・
 いつも通りに過ごすのがいいんじゃないかな・・・と、思うんだけど』

いつも通り・・・有里君が居ない分、私がみんなを支えないと・・・
「そっか・・・わかった・・・ありがと、やってみるね」
『・・・お葬式とか・・・・・・いつから?』
夏紀ちゃんが遠慮がちに聞いてくる

「え・・・っと、明日の 一時からよ」
『そっか、じゃあ明日そっち行くから』
「・・・来てくれるの?」
私が驚いていると夏紀ちゃんは

『あったりまえじゃん!・・・風花の大事な友達だったんでしょ?』
と言った。
「うん・・・ありがとう・・・・・・じゃ、明日ね・・・」

通話を終えて、携帯を仕舞う。


(・・・ケイスケ先輩とは、先輩が卒業しても絆が残ってる・・・夏紀ちゃんとは、学校が
 変わっちゃったけどまだ繋がってる・・・・・・なら・・・有里君に・・・もう会えなくなっても・・・
 絆は、残ってるよね・・・?)
胸に手を当てて、窓の外を見る
外には麗らかな春の夕焼けが広がっていた。



×



「・・・以上で、今年度の生徒会の引継を終了する。今年度は私が家の事で暫く学校を空けて
 皆には多大な迷惑を掛けた、その他にも私が不甲斐無いせいで進まなかった議題もあっただろう・・・・・・」
言いながら、会議用の長机に集まる生徒会役員を見回す。

(・・・本当に、皆のよくやってくれた・・・・・・彼も・・・)
机のなかでぽつりと空いた空席に眼を遣り、もういない“彼”を思う

「・・・来年度からは修学旅行が無い代わりに以前から話のあった学校交流についての
 話が一年を通して進められるだろう・・・今期で生徒会を終える者も、来期も
 引き続き職務に就く者もいるだろう・・・その中で、この生徒会で学んだ事を生かし
 自らを伸ばして行ってほしい・・・・・・私からの話は以上だ・・・この一年、本当にありがとう・・・」
そう言って一礼すると、普段の朝礼でも無いにもかかわらず
役員達は万雷の拍手をしてくれた。

(・・・私は、学園内にもいい仲間を持ったのだな・・・・・・)
そんな事を考えながら、話が終わり生徒会室を出ていく役員達の中でまだ残っている
男女二人に声を掛けた。
「・・・伏見、小田切・・・・・・ちょっといいか」



「・・・はい、なんでしょうか?」
「どうなさったんですか会長、僕ら二人だけを呼ぶなんて・・・」
他の役員が全員帰った静かな生徒会室で、二人が不思議そうな顔をして立っていた。
生徒会役員の中で、二人が彼と特に仲が良いのは知っていた。
・・・彼等には、伝えなければならない。

「・・・・・・ああ」

いずれ全校生徒に知らされることだがと前置きして
「有里が・・・先日、亡くなった」
そう伝えると、伏見は手で口を覆い、小田切は眼を見開いた。

「会長、それはどういう・・・」
「・・・・・・有里さんが・・・」
絶句する二人に
「・・・この間から風邪をひいてな、昨日未明に突然肺炎で・・・・・・すまない、私達がもっと
 早くにしかるべき処置をしていれば・・・」
私がそう言うと、
「・・・いえ、会長の責任では・・・」
と小田切がフォローを入れてくれた。
「すまない・・・・・・ありがとう。君達は役員の中でも特に彼と仲が良かっただろう・・・
 急で申し訳ない、明日彼のお別れ会を行おうと思う。もし都合が合えば来てもらえないだろうか」

どうやら彼の死に動揺しているのはゆかりや明彦だけでなく・・・私もらしい、
あろうことか二人の気持ちも考えず用件を述べてしまった・・・
「・・・すまない」
もう一度謝罪すると今度は伏見が泣きながらも
「・・・そ、そんな・・・会長が・・・謝ることでは・・・ないです・・・会長だって・・・つらい・・・
 のに・・・わざわざ、私達に・・・伝えてくださって・・・・・・」
と呟いた。
「そうです、会長もお辛いでしょうに・・・ここ最近、同級生の方や会長のお父君・・・
 僕の比ではないはずです」
小田切が伏見の背をさすりながら言った。
それから、
「お別れ会の件ですが、僕は是非行かせてもらいます。・・・僕は彼のおかげで変われた
 だからこそ、最後にしっかりお礼を言いたい・・・いや、言わなければならない」
と言った。
伏見も幾分か落ち着いて
「そうですね・・・私が変われたのも、先輩のおかげですから・・・・・・」
と呟いた。
「生徒会に入って・・・最初はすごく不安でした。休んでいる間に会計になってて・・・
 それで、数学が苦手な上当時は男性恐怖症みたいなのもちょっとあって・・・」
「えっ」
慌てて小田切が距離を取ろうとするのを彼女は遮って、
「あ、すいません・・・昔です・・・今は・・・初めて会う人だとまだちょっと怖いですけど、
 知ってる人なら大丈夫ですから・・・」
と手を振った。
「そ、そうか・・・すまない」
と小田切が元の場所に戻ると
「有里さんが私にも気兼ね無く話しかけてくださって・・・ちょっとは前進できたんです。
 それに、会長にも声を掛けていただいたりして・・・私・・・来期も生徒会やってみよう
 って思ってるんです。前の私だったら、こんな事思えなかったから・・・」
しっかりした声で自分の決意を打ち明けた。
小田切もまた、
「僕は・・・昔は規律を正すには、力による統制が絶対だと思っていた・・・けど、
 彼の行動に、必要なのは心だと教えられた・・・僕は来期は生徒会長には
 立候補しないつもりだ。それは決して逃げだとか、そういうことじゃない
 一人の生徒として立った目線で、まずは出来ることをやってみようと思うんだ。
 ・・・こんな風に思えるようになったのも、彼のおかげなんだろう・・・」
と、静かに言った。
「・・・小田切・・・・・・」
「小田切さん・・・・・・」
私だけでなく伏見も小田切の“立候補しない”という考えに驚いたみたいだった。
「あ、す・・・すまない・・・隠しているつもりは無かったんだ・・・」
「いえ、とても素敵な考えだと思います・・・頑張ってくださいね」
伏見が微笑むと
「・・・ありがとう。君も来期の生徒会・・・頑張ってくれ。僕は中等部から生徒会
 をやっていた。だから・・・いくらでもアドバイス出来ると思う・・・」
小田切も微笑みを返した。

確かに今の二人を見ていると生徒会発足時よりも成長しているように見える。
(・・・彼のおかげで変わったのか、それとも彼をきっかけに彼等が気づいたのか・・・
 どちらにしろ、惜しい人物を亡くしてしまった・・・)
彼と知り合えたことは、この二人だけでなくきっと私にもなにか価値あるものを授けてくれただろう・・・
・・・・・・なぜ、彼が死ななければならなかったのか
いくら考えても判らないことだったが、あの日からたびたび考える
彼ほどの人間が、なぜ・・・

「・・・会長?」

伏見の声で我に返った。
「あ、ああ・・・すまない・・・」
謝罪しながら彼女の方を見ると、
「あの・・・お花とか、持って行ってもいいですか・・・?」
と彼女は言った。
「勿論だ ありがとう・・・彼も喜ぶだろう・・・」

そのあとは明日の時間と場所を告げ、珍しく三人で帰路についた。



帰宅後、二階の彼の部屋へと行った。
彼の親族が彼を迎えに来るのが9日…
彼の部屋の荷物を整理しなければならなかった。

まず戸棚にあるS,E,E,S関連の物を全て一カ所にまとめ、それから
衣類、書籍などを段ボールに詰めていく。
彼の私物は本当にわずかで、誰かに手伝ってもらう必要も無く片付いてしまった。
傾きはじめた夕日に照らされた部屋で、
他に何か片付け忘れたものは無いかと辺りを見回すと、
机に作り付けられた鍵付きの引き出しが眼についた。
鍵は刺さったままで、銀色の鍵が夕日に照らされ鈍く輝いている

(・・・すまない、開けるぞ)
内心で彼に謝罪しながら開けると、中には通帳や印鑑のような物だけでなく
他にも様々な物が入っていた。

手づくりらしいチョーカーや、“根性”とマジックで書かれたスポーツテープ
美しい模様の縮緬で作られた巾着袋に、古い車のキー・・・それから・・・・・・
順番に中に入っていた物を取り出しながら眺めていると
先程の車のキーと同じような、けれどそれよりは新しい鍵が出てきた。
「・・・これは・・・私の・・・・・・バイクの・・・」
かつて彼に“いつか一緒に乗ろう”と言って渡したバイクのキーだ。

(・・・そうか、ここには彼が絆を結んだ人達との証が入っているんだな・・・・・・)
いつの間にか私の眼からは涙が溢れていたが、私はそれを止めることが出来なかった。
さらに奥を探っていくと、一冊のぼろぼろのノートが出てきた。
使い込まれた品らしく、下の方の製本がほつれてきていた。
破らないよう慎重にページをめくると、そこには物語が書かれていた。

森で疎まれていたピンク色の鰐が、彼の親友の小鳥を食べてしまい、その罪の意識に
鰐は泣き続け、彼の涙で作られた湖にはやがて草花が咲き乱れる。
やがてその湖は彼を疎んでいた森の生き物達の憩いの場になる・・・

という、悲しいがどこか希望を与えるような作品だった。
(彼がこれを・・・・・・? いや、筆跡が違う・・・)
彼の知り合いがこれを書いたのだろうか、
どこかに作者を記す物が書かれていないかとページをめくっていくと、
裏表紙に掠れていたが名前が記されていた。

(・・・神・・・・・・これは・・・秋・・・か?)
完全には読め無かったが、恐らく彼に向けて記されたであろうこの作品をこのまま
世に出さないというのは惜しいように思えた。
私は暫く逡巡したが、桐条の出版部門へと電話を掛けた。



通話が終わり、引き出しの中にあった彼の貴重品を段ボールに仕舞い終え、
彼がかつて見ていたであろう部屋の景色を眺める。
(本当に・・・彼は沢山の人間に愛されていたのだな・・・・・・)

彼の笑顔を思い浮かべながら、もう呼ぶことはないであろう呼び名を口にする
「・・・・・・湊・・・」

私の心に残る彼の声が聞こえたような気がした。



×



「・・・お前、真田明彦か?」

牛丼屋の前で俺に声を掛けた奴は、初対面だが良く知る人間だった。
雑誌などでよく取り上げられた日に焼けた顔。
夕焼けの中でも目立つ白い歯

「・・・・・・早瀬か」
俺がそう返すと嬉しそうに
「ああ、早瀬護だ・・・お前は良く知られて居るからあまり初対面の様な気がしないな」
と俺が思ったのと同じ様なことを言って笑った。
それから店を指差すと、
「今から夕食か?良ければ一緒に食わないか・・・ここで会ったのも何かの縁だ」
そういいつつ店の中へ入って行った。



「・・・アイツには手紙を寄越したがやはりもう一度会いたくなってな、土日を利用して
 また厳戸台へ来てみたんだ」
言いながら牛丼を掻っ込むと、すぐさまカウンターに向かって
「お代わり!次もつゆだく大盛で頼む」
と器を差し出した。
俺は
「そうなのか」
とだけ呟いて目の前の牛丼に集中する。

それから二杯目を掻っ込みはじめた早瀬が
「・・・お前・・・・・・本当に飯とプロテイン並べて食うんだな」
と呟いた。
早瀬の視線を辿ると、カウンター席に置いておいた外食用のプロテインの錠剤が
目についた。
「・・・ああ、食事もトレーニングの内だ」
「そうか、有里がお前の事を心配していたぞ・・・あれだけ栄養を摂って減量が必要な
 ボクサーとしては大丈夫なのか・・・ってな」
早瀬はそういって笑うと、俺に断りを入れてプロテインの容器をしげしげと眺める。
「問題無いさ、摂った以上にトレーニングしているからな」
と俺が言うと
「それも聞いたぞ。自分も先輩のようにしっかりとしたトレーニングをしないといけない
 なんて言ってたな・・・あと、先輩は努力家で尊敬している・・・とな」

(・・・有里が俺のことをそんな風に・・・・・・)
アイツがいなくなって初めて聞く、アイツが俺へ抱いていたであろう感情に
(言ってくれれば・・・もっと効率の良い筋肉の鍛え方を教えてやれただろうに・・・)
今更しても遅い後悔がよぎる。

「アイツは良い選手だと思わないか?・・・陸上は初めてだとか言いつつも大会上位入賞だろう
 あの時こそ俺が勝ちを譲らなかったが・・・今後はどうなるか分からん。だが・・・
 そこがアイツのライバルとして楽しみな所でもある」
「・・・そうか、そうだな・・・・・・」
そういえば戦いの時もアイツの動きは中々目を見張るものがあった。
上手くペルソナと通常武器を使い分けていた様に思える。

「・・・アイツはどうしてる?元気に陸上やってるか?」
早瀬がそう尋ねた時、俺はどう答えるべきか迷った。
確か美鶴がアイツの死はひとまず肺炎ということにしてくれと言っていたが・・・

「・・・・・・何だ、季節の変わり目で調子でも崩したか?」
黙り込んだ俺に早瀬は笑いながらそう言った。それから、
「もしそうなら見舞にでも行きたいんだが・・・」
と呟いた。
俺はそれを遮って、
「・・・いや、アイツは死んだ・・・・・・肺炎だそうだ」
とだけ何とか言った。
早瀬はそれを聞くと
「何!?肺炎だと・・・・・・・・・惜しいことをした。アイツは選手としてだけじゃない
 人間としても優れた奴だった・・・くそっ・・・」
と呟いた。それから呼吸を整えると
「・・・・・・すまないな、急に取り乱すような真似をして・・・良ければ・・・アイツの葬儀の
 日取りか何かを教えてもらえないか。今日の列車で帰る予定だったが・・・アイツの事
 ならばそうもいかないだろう・・・」
と真剣な顔をして言った。
俺は美鶴から聞かされていた“お別れ会”を思い出し、その日時を教えてやった。
「・・・明日の・・・午後一時か・・・わかった ありがとう。必ず行く」
早瀬はそれだけ言って店に代金を払うと、静かに出て行った。

残った俺は冷めた牛丼を掻っ込み代金を払うと、暗くなりかけた寮への道を歩いた。



寮に戻った俺は誰も居ないラウンジを抜けると、真っ直ぐに自分の部屋へ入った。
後ろ手に扉を閉めると、沸き上がるどうしようもない怒りに思わず悪態をつく。
「・・・クソッ、何故だ!何故お前まで死ななければならない!!・・・・・・両親、美紀
 シンジ・・・そしてお前だ!・・・俺が何をした!?何故俺の大切な人間ばかり俺の手の
 届かない所に行っちまう!・・・・・・ッ・・・何故俺は大事な奴を守ることが出来ない!?」
怒鳴りながら、何度も拳を扉に打ち付ける。
何度も、何度も

(・・・守るための力じゃないのか・・・手遅れにならないために力を付けてきたんじゃないのか・・・・・・)

「・・・俺は・・・・・・俺はッ・・・・・・畜生ッ!!」
もう一度強く扉を打ち付ける。
その憤りは暗い部屋に虚しく響くだけだった。
(・・・何が足りない?・・・・・・俺が大事な物を守るには・・・・・・何が必要だ・・・?)

今の俺には答えを見つけることは出来なかった。
ただ胸の奥には無力感だけが広がっていた。


「・・・有里・・・・・・すまない、・・・俺はお前すら守ることが出来なかった」
守られていたのはいつも俺達の方だった。

俺の後悔すら暗い夜空に飲み込んで、大切な人を失ったまま夜は更けていく。
雲一つ無い空にはそんな俺達を嘲笑うかのように月が輝いていた。


×


厳戸台分寮は、静けさに満ちていた。

寮に住む大半が学校へ行っている、と言うのもあるが
それとは違う、どこかぽっかりと空いた虚無感の様な…そんな静けさだ。

「クゥーン…」

そんな中、ラウンジに一人座るコロマルは寂しさに思わず声を出す。
いつもなら誰かが帰って来るまで大人しくしているのだが、
今日ばかりはそうもいかなかった。

主人を失って一人になってしまった自分を”仲間”と認め、共に歩んできた
この寮の生徒たち
その中でも、特に中心となって自分たちを引っ張ってくれた彼が…
昨日、主人と同じ所へ行ってしまったのだ。

「……クゥン…」

鳴いてもしょうがない事はもちろんコロマルにも分かっている
…けれど、鳴かずにはいられないのだ。
主人を失ってから望んだ「守るもの」を、守りきる事が出来なかったのだから
それは自分だけでなく、この寮に住む全員に言えることで
全員がその悔恨の念や悲しみを抱いているからこそ、いつも人の気配のあった寮に
のしかかるような静けさが生まれているのだ。

コロマルは、ふと彼を思い出す。
犬だからといって、特別扱いはせず、他の皆と同じように
自分を”仲間”として扱ってくれた彼
散歩や世話は丁寧で、あまり干渉しない点に好感が持てた。


”…なんだい?…おなかがすいた?……ちがう…?
 まあいい、じゃあ…もう少し一緒にいようか…………しょうがないなぁ…”

”…えっと…これは…その、………!…そう、ぬいぐるみなんです!
 ……だから…えー…っと…一緒に入れても…構いません……よね…?”

”おいで、コロマル”


じっとソファを眺めて、彼の言葉を思い出す
アイギスの通訳のおかげと、ここで日々を過ごすうちに
自分たちはなんとなく、意思が通じ合っていた気がする。

……今は、彼の死に誰もが塞いでいて
彼らからは悲しみしか感じられないのだが

コロマルがそんな事を考えていると、
ふと昨日彼の死が伝えられた時の情景が呼び起されてしまい
彼は思わずラウンジを出た。

そのまま階段を上って、二階へ
卒業した真田と美鶴は今は寮にいるはずだが、
二人とも部屋の片づけに没頭しているようで外に居る気配はない。

「………ワフッ…」

ため息をつくように小さく鳴くと、
コロマルはドアの並んだ廊下を奥まで進む
そこに、彼の部屋もあった。
金色のプレートに墨痕鮮やかな彫字で「有里」と書かれた扉が

コロマルには文字は読めなかったが、匂いでここが彼の部屋と分かっていた。
…皆には内緒で何度か部屋に上げてもらったこともあった。

「…クゥン」

今日何度目かになる鳴き声を洩らすと、後ろから声をかけられた。

「あれ、コロマル?」

見ると、ランドセルを背負った天田少年だった。
もうそんな時間なのか、そんな事を考えながら、部屋にいるであろう
真田に配慮して

「ワンッ」

小さく”おかえり”と声をかけると
天田も真田の部屋をちらっと見てから

「…ただいま」

と呟いた。
それから自分のそばまで寄ってきて、先程の自分と同じように
彼の部屋の扉を見る。
そこで一瞬だけ、天田少年の顔が悔しそうに歪んだのをコロマルは見逃さなかったが
何も言わずにその場に腰を下ろした。

それから天田少年は
「…もう、有里さんはいないんだよ」
とコロマルに言ったが、コロマルにはその呟きが自分に言い聞かせているように見えた。
それでもコロマルが動かずに座っていると、
何を思ったか天田少年は、いつかと同じように

「…ほら、誰も…いないだろ?」

と言って、扉を開けてくれた。
中に入って、辺りをうろつき
彼の部屋を眺める
誰かが片付けたのか、物の少なかった彼の部屋は
もっと殺風景になっていて、部屋の真ん中に私物の入ったと思しき
段ボールが2つ、置いてあるだけだった。

何度も同じ場所を行ったり来たりする自分に
天田少年が何かをこらえるように声をかけるが、
自分はそれを無視して、何度も部屋の中を歩き回る

嗅ぎ慣れた、彼の匂いのする部屋で
ふと、ベットの傍まで行った時、彼の匂いに交じって
自分の主人が亡くなった時に感じた匂いと、同じものを嗅ぎ取った

「クゥーン……」

それは、”死”の匂いだった。
腐臭とは違う、人では匂いとは違うと感じる人もいるだろうが
死んでしまった人独特の、雰囲気ともいえる何かが
ベットに残っていた。

その匂いを感じ取りたくなくて、コロマルはベットから離れ
彼の私物の入った段ボールに鼻さきを突っ込み、中を覗く。
その中に、何故かとても気になる匂いを感じ取り、コロマルは天田の方を見る
「コロマル、ダメだよ…ひっかきまわしちゃ…」
そう言って中に入ってきた天田少年に、コロマルは一声

「ワン」

と声をかけた。
他の仲間が修学旅行に行っている間、ずっと一緒にいた天田少年は
それで自分の言わんとする事が分かったみたいで、

「え…中に、なにかあるんだね?」

そう言って、段ボールの中を探り始めた。
またきちんと片付けられるように丁寧に出されていく物の中で
おそらく目当ての物が出てきた瞬間、またコロマルは

「ワフッ」
と吠えた。
「…これが見たかったの?」
そう言って天田少年が自分に見やすく差し出したものは、
人間の言葉で言う、「DVD」というものだった。
……ジャケットには『漢たちの戦い 最終章・初回限定特装盤』と書かれていた。

「…これ、前にアイギスさんが言っていた…コロマルが見たかった映画…だよね…」

そう、天田少年の言うとおり、自分が見たいと言い
夏に彼が映画館へ連れて行ってくれた映画のDVDだった。
あの日は動物は映画館に入れないと断られ、彼は何とかして入ろうと努力したが、
結局入れず見る事の出来なかった、あの映画だ。

あの後アイギスを通じて、彼にDVDを頼んでいたが…
彼は、覚えていてくれた………

彼亡きあとに見つけた彼の優しさに、コロマルはまた
その彼を失った悲しみを思い出し、泣いた。

「…クゥーン……」

天田少年にも私の悲しみが伝わってしまったのか、
目を潤ませながら、こう言った。
「…後で、美鶴さんに言って……これ、コロマルが貰えないか…訊いてみよう…
 有里さんが、コロマルの為に買ってきた……大事なものだから」

失って初めて、その存在の大きさ、大切さを思い知らされる。
その時のつらさは、どれほど時間が経とうとも…重く苦しいものだとコロマルには感じられた。


×


3月8日・・・春休みの最初の日・・・
・・・・・・有里さんが死んでしまってから、約3日経った。

僕はある程度落ち着いてきたけど、ゆかりさんや真田さんはまだちょっと難しいみたいで、
寮の中はいつもよりしんと静まっていた。

階段を降りてラウンジへ行くと、風花さんと美鶴さんが有里さんのお別れ会の準備
をしていた。
風花さんは僕に気づくと、
「おはよう、天田君」
と挨拶をしてくれた。
僕も
「おはようございます」
と返しながら、花が並べられたテーブルを見た。
チェック柄のクロスは白いクロスに変わっていて、色とりどりの花が置かれていた。
そしてその真ん中にある写真立ての中で、有里さんが微笑んでいた。

「・・・・・・・・・」
その“いかにも”な様子に僕が言葉を詰まらせると、風花さんもちょっと困ったような
顔をして曖昧に微笑んだ。
・・・落ち着いてきたとはいえ、やっぱりどこかでまだあの人は生きてるんじゃないか
って、そんな気がしてしまう。
あまり死んだっていう実感が無くて、改めてこういうのを見ると
現実を突き付けられたような気がしてしまうのは僕の錯覚だろうか。
祭壇から目を逸らしつつ風花さんに
「僕にも何かお手伝いできることありますか?」
と尋ねたら

「・・・うーん・・・じゃあ、お花を買ってきてくれないかな」
と言った。
「・・・花・・・・・・ですか」
僕が繰り返すと今度は美鶴さんが
「ああ、どうせなら盛大に送ってやりたいんだ・・・我々が彼に別れを告げられるのは
 この機会しか無いからな・・・」
と言った。
「・・・えっ?・・・お葬式は・・・」
と僕が言いかけた所で美鶴さんは
「・・・彼の引き取られた家はここからそう遠くないんだが・・・彼の実家の墓はここよりも
 遠方にあってな・・・葬儀自体もそちらでやるそうなんだ・・・・・・」
と説明してくれた。

僕は若干複雑な気分になりながらもその気分を振り払うように笑顔を作ると頷いた。
「わかりました じゃあ、綺麗な花沢山買ってきますね」
「・・・うん・・・お願いね あ、お金はこの中に入ってるから」
風花さんが差し出す財布を受取って、僕は玄関を出た。

「いってきます」




モノレールを降りて、映画館前の花屋―――ラフレシ屋へ向かおうとした時、
ふとたまり場へ続く路地が目についた。
僕は吸い寄せられるようにその路地へ入って行った。

たまり場にはもう荒垣さんの血の跡も、当たり前だけど近くにあった僕の家の痕跡も
無くて、平日でまだ朝のせいかいつもたむろしているらしい不良の姿も見えなかった。
あの時荒垣さんが倒れていた場所に立ち、僕は呟いた。

「・・・・・・有里さんが・・・死にました」

勿論声が聞こえるわけも無くて、僕はただなんとなく虚空に語りかける。
「・・・荒垣さん・・・・・・あなたに続いて・・・有里さんも死んじゃったんです・・・
 僕は、また何もできなくて・・・まだ守られるばかりで・・・・・・真田さんが、落ち込んだままで・・・
 僕、どうしたらいいんでしょう・・・・・・そもそも、何で有里さんは死ななければ
 いけなかったんでしょう・・・?・・・僕に、何が出来るんでしょう・・・・・・?」
この間からずっと考えていた事を呟きながら下を向く。
こんな時、あの人なら何て言うだろう・・・俯いたまま考えてみる。
少なくとも今の僕みたいにただ立ち尽くしてるような事はしない筈だ。

「・・・・・・・・・まだ何が出来るか分かりませんけど・・・もう少し頑張ってみます」
顔を上げて歩き出すと背後で“上出来だ”という声が聞こえた気がした。

僕は振り返らずにたまり場を出た。


路地を出たところで、映画館前にいたお兄さんに声を掛けられた。
「お前小学生だろ?・・・んな危ねえトコいくんじゃねえよ 今は昼間だから誰もいねえ
 かもしんないけどさ・・・何があるか分かんねえんだからよ」
言いながら僕の手を取って路地から離れたところまで歩いていった。
「・・・・・・はあ・・・」
僕が曖昧に返事をするとお兄さんは、
「あれ、お前・・・前に月高の奴と映画見に来てなかったか?」
と呟いた。
「・・・夏休みに、来ましたけど・・・・・・」
この人が誰なのか分から無くて、つい固い態度を取ってしまう。
お兄さんはそんな僕の態度に慌てて手を振って、
「あ・・・わりいわりい・・・俺は怪しいモンじゃねえよ?その・・・なんてーか・・・・・・
 そう!あん時一緒にいた月高生の知り合いだよ」
「・・・有里さんの?」
知らない人から有里さんの事を言われて、思わず聞き返してしまう。
お兄さんは頷いて、
「俺は月高OGでさ・・・アイツとはちょくちょく映画の話しとかしてたんだよ
 アイツ春頃は一人で来ること多かったのに夏の映画祭はなんか男友達とか女の子
 とか・・・果ては犬とかと一緒に来ててさ、それでお前のことも覚えてたんだ」
と笑った。
「・・・そうなんですか」
頷き返しながら、そういえば順平さんがアイツはあんな性格してて凄く顔が広い
って言っているのを思い出した。確かに学校だけじゃなくてこんな所にも知り合いが
居るのは広いのかもしれない・・・

「今日はどうしたんだよ 一人でこんなトコまでさ」
お兄さんが聞いてきたので
「えっと・・・花を買いに来たんです」
と答えるとお兄さんは
「花・・・・・・祝い事か?」
と首を捻った。
お祝いなら良かったけど・・・僕が花を買いに来た理由はその逆だった。
有里さんの知り合いらしいこのお兄さんには、伝えた方がいいのかもしれない。
僕はそう考えて、

「・・・お別れ会です・・・・・・有里さんの・・・」

とだけ言った。
お兄さんは一瞬固まった後、
「・・・転校か?」
と呟いた。
それから僕が首を振ったのを見て何かを察したのか、財布を取り出してそこから
千円札を二枚取り出して、
「・・・コイツで俺の分も花買ってアイツに渡してくれないか?・・・・・・ついでに、
 “お前と映画の話するの楽しかった。ありがとな”って伝えてくれ・・・」
と言って微笑んだ。
僕は最初お金を受け取るのを断ったけど、最終的にお兄さんの手によって握らされた。
お礼を言ってラフレシ屋に向かう途中で振り返ると、お兄さんは手を振ってくれた。



ラフレシ屋で両手一杯の花を買った後、僕はモノレールへ乗り込んで寮に戻った、
ラウンジにはまだお昼前なのに沢山の人が集まっていた。
それだけ有里さんが慕われていたんだと思うと、ちょっとだけ自分の事のように誇らしい気持ちになった。


×


天田君が買い物に行った後から、ぽつぽつと人が訪れはじめた。
部活で一緒だった宮本君に、マネージャーの西脇さん
それからクラスメイトの友近君・・・
他にも私達が知らなくて誘えなかった人が、誰かから聞いたのかわざわざ集まってくれた。

お別れ会の始まる1時には、ラウンジには沢山の人が座って喋ったり、
あるいは有里君の思い出話をしていた。
けど、ゆかりちゃんと真田先輩はそれぞれ予定があるとかで、その場には居なかった。
アイギスもずっと部屋にこもったままだった。

1時になると、桐条先輩が皆の前に立って話しはじめた。
それまで話をしていた人は自然と話を止めて、先輩の方を見た。
「・・・今日は、彼の為に忙しい中集まってくれてありがとう…
 彼との別れを惜しみ、これだけの人が集まったことに同じ友人として大変嬉しく思う。
 ・・・・・・一人一人順番に、彼に別れを告げてやってくれ・・・」
そう言って先輩が下がると、誰からとも無く祭壇の前へと並びはじめた。



「…有里……俺さ、お前に会って…エミリ………叶先生に告って……それから、いろいろあって
 ……ホントの恋愛ってもんが、ちょっとわかったような気がする……お前のおかげだ ありがとな
 俺、大人になったら…お前みたいに女の人が沢山寄ってくるようなすげー恋愛してやるからな
 だから……見てろよ…すぐ、俺もお前みたいな魅力的な男になってやるから…」


「…俺は、勝ちしか見えてなかった。ぶっちゃけ”体”とか”仲間”とか…そういうの全部二の次で…
 根性がありゃあ出来ねえモンなんて無えって……思ってたんだ けど、お前にヒザの事バレて…
 話聞いてもらったり、肩貸してもらったり…そういう事で、勝ちより大事なモンがあんだ…って気づけた
 俺の借りは…もう、お前に…返せねえけど……その分、俺…お前より、早瀬より速くなって………
 日本一の陸上選手になる 絶対……今、ここでお前と約束したからな……忘れんなよ…」


「……何か、こういう雰囲気だと…また泣いちゃいそう……昨日、ミヤに連絡もらって…涙枯れるんじゃないか
 って位泣いたのに……ホントは、春休みとか…ちょっとだけ……ホントにちょっとだけ…有里君と…
 遊びたかったのに…前みたいに、手…引っ張ってもらいたかったのに……もう、触れないトコに行っちゃったんだね…
 ……今は悲しいけど……悲しいしかないけど……キミに貰ったアタシの夢…きっと叶えてみせるから…
 キミみたいにかっこいい走りする選手、いっぱい育てて見せるから…だから……応援しててね…」


「有里君……私…貴方と一緒に戦ったり……お喋りしたり…お料理見てもらったり……この一年間、
 凄く幸せだったと思う自分の個性を認めてもらって……自分でも認められるようになって…ちゃんと、
 前を見て歩けるようになったと思う…私にしかできないことがあるって……気づかせてもらったから…
 だから…これからも、私にしか出来ないこと…まだあると思うから……貴方に教えてもらった事…
 生かせるように、頑張るね……ホントに、ありがとうね…」


「…君がもうこの世にはいないというのは……不思議な感じだな……つい数日前も、君と話していたのに……
 もう今年からは君と学校で会うことも、話すことも無いんだと思うと…………やはり、寂しいよ……もし、
 僕が君に会わなかったら…きっと僕は生徒会で規律を正そうと躍起になって…それから、あのタバコ事件みたいなことに
 なっていただろう……僕は、君に気づかせてもらった事を本当に感謝している…ありがとう………僕は、生徒会じゃない…
 一人の生徒の立場から…これから頑張っていこうと思うよ」


「私……有里さんに会う前は…ただ独りでびくびくしてるだけでした……でも、有里さんが話しかけてくださって…
 仲良くしてくださって…自分から、行動できるように…なってきたんです。生徒会も…またやってみようとおもうんです……
 会長のようにしっかりとはいかないえすけどでも、有里さんのおかげで変われたところを、もっともっと伸ばしてみたいって……
 思うんです…前の私だったら…ずっと怖がってるだけだったけど……有里さんに背中を押してもらったから…私、頑張れるんです
 ………ありがとう、ございました……」


「湊……俺…去年は、良くオマエに突っかかって……カッコ悪かったよな……ハハ………けど、あん時マジで俺…オマエの事…
 羨ましかったんだ…けど……チドリと会って…将来のこととか…考えるようになって……ニュクスのこと知って…
 自分のそーいうみっともねえトコも、しょぼいプライドとかも……認められるようになったと思うんだ……オマエが、
 活動部引っ張ってなきゃ…俺、そういうもん表に出さずに行ってたかもしんねえと思う…だから、ありがとな……
 オマエはずっと、俺の親友だぜ…」


「…有里さん……僕は、復讐のためにここに入って……ずっと、それしか考えてなくて………大人なんか、
 信用できないって 思ってました。けど…あなたは僕のことを子供扱いせず、ちゃんと見てくれてたと思います……
 ありがとうございました…僕は……荒垣さんの分も、あなたの分もちゃんと生きて見せます。
 ……立派な、大人になってみせますから…」


「有里君……君は、フリーパスで診てあげるっていう約束……叶えられなくなっちゃったね………僕はずっと自分のやりたいことが
 わからなくて…どっちつかずで…なさけない部長だったと思うよ……けど、君はみんなみたいに僕の進路を決め付けたような事を
 言うんじゃなくて……”僕”はどうしたいのかって事を言ってくれたね……僕は、君のその言葉で 決心できたんだ…ありがとう
 これから、沢山勉強して……立派な医者になって…君を救えなかった分、沢山の人を救えるよう…頑張るよ」


「…えっと……有里…君、久しぶり……風花の友達の…森山夏樹です。…っと…昨日、風花に聞いて急いできたんだ……君は、何か
 風花のコト…ずっと支えてくれてたみたいで…えっと……アリガト…あと………6月ごろ…風花と一緒に、アタシやマキ達のコト…
 助けてくれた…んだよね……これも、ありがとう…君は、こんなに沢山の人に惜しまれて…ちょっと羨ましいかな………あ、ゴメン
 何か妙な事言って………じゃ、またね…」


「有里…久しぶりだな……やっぱり会いたくなってちょっと帰ってきちまった……けど、驚いたぜ…帰ってきたら、お前にはもう
 会えなくなってたんだからな……俺は、もう一度お前と戦いたかった。もう叶わないが…俺は陸上を続ける。お前の学校の……
 宮本って奴もなかなかいい動きをするからな…前に話したが…俺のライバルは俺自身だ……これから、俺が俺に負けないよう…
 見ていてくれ……俺は決して負けないからな…」


「なんで……キミが死なないといけないんだろうね………ネトゲで、N島…キミにあって……自分の言動を省みて……もっとちゃんと
 教師やってみようって思った矢先に…キミがいなくなって……アタシの変わり様…一番キミに見て欲しかったのに……けど………
 キミは死んでも後悔なんてそんなにしなかったんじゃない? 大事なのは、自分の心で決めたかって事……前に言ったよね…
 あの時キミは、ちゃんと何かを決めた眼をしてた……先生も…これから頑張るから……先生がそっち行ったらまたあの頃みたく
 お喋りしてね」


「まさか…湊ちゃんがわしらよりも先にいっちまうなんてなぁ……息子といい…神さまはひどいことをするもんじゃて……わしらみたいな
 老いぼれを生かして…湊ちゃんみたいなぴっちぴちの若者を攫って行っちまうんだから…また息子を喪った気分じゃよ……婆さんも横で
 ずっと泣いとるわい……湊ちゃんは女泣かせじゃのう……わしらはこれからもずっとあの古本屋に居るから…またいつでも、お盆にでも
 会いにきておくれな………わしら、湊ちゃんに会えて幸せじゃぞい…息子の柿の木の事…湊ちゃんがおらんかったら…わからんまんま
 じゃったから……ホントに、ありがとうな……湊ちゃん」


「有里……この一年間、活動部のリーダーとして本当に良くやってくれた。……君がいなければ…私は…父の宿願を果たすこと無く
 終わっていただろう……君と過ごしたこの一年間…本当にいろいろなことがあった。そのどれもが、私の中での大切な宝物だ……
 この一年を私は生涯忘れることは無いだろう…無論、君のこともだ……これからさまざまな事があるだろう…だが、たとえどんなことが
 あっても…私は運命から逃げない。それは、君がニュクスに立ち向かい…示してくれた方法だからだ……ありがとう…」







それから暫くは、みんな別れを惜しむように周りに居る誰かと彼の思い出話をしていた。
けれど日が傾いてくると、帰りづらそうに一人、また一人と帰っていった。
私と先輩がそろそろ片づけをしようと眼を見合わせた時、後ろから声をかけられた。

「すまんが、学生さん」

振り返ると、古本屋のお爺さんとお婆さんが立っていた。
「はい、なんでしょうか?」
先輩が返事をするとお爺さんは、
「これ…湊ちゃんへの香典なんじゃけど…湊ちゃんのお父さんお母さんに渡してもらえんかの?」
といって墨書きのされた不祝儀袋を差し出してきた。
「…お気持ちは、ありがたいのですが……」
と先輩が断ろうとすると
「頼む、年寄りのわがままと思って渡してもらえんかな…わしらに出来ることはこういうことしか無いんじゃ…
 何より、わしらみたいな老いぼれよりも先に、こんな若い子がいってもうたことが不憫でならんのじゃて
 湊ちゃんはわしらの息子同然じゃから…」
「…ご迷惑だとは思いますけれど……どうか受け取ってもらえませんか…ほんの、気持ちですから…」
と二人が頭を下げる。
そんな二人に桐条先輩は
「…わかりました、渡しておきましょう……御厚意、痛み入ります」
と不祝儀袋を受け取って頭を下げた。
私も慌てて頭を下げると、お爺さんとお婆さんはお礼を言って帰っていった。


先輩は二人の背を見送ると、預かった不祝儀袋を丁寧に額縁の前に置いた。
それから、せつないような何かを堪えているような顔をした。
「あの、桐条先輩…」
私が声をかけると先輩は
「どうした?」
すぐになんでもないような顔をしてこっちを見た。

「有里君のお葬式…本当に行くことは出来ないんですか……?」

そう尋ねると先輩は
「そうだな…ここから距離で考えると…泊りがけになるぞ……確か君らは明後日から一週間補習が入っていただろう…
 移動や宿泊については桐条でなんとでもできるが…流石に補習を休ませるわけには行かないぞ……?」
と顎に手をやって考え込んだ。

「…だから……先輩だけでも…行けないっすかね…」

いつの間に来ていたのか、横から順平君が付け足してくれた。
「何?」
先輩が聞き返すと、順平君は頭をかきながら封筒をさしだした。
「コレ……ともちーとかミヤとか…あと他のみんなが…献花代にって…集めて俺に渡してきたんすよ
 …俺の分も入ってるっす だから…誰か一人でも、アイツの葬式でてやれないっすかね…」
「私の分も入ってます…それから……ゆかりちゃんや、天田君、真田先輩も…アイギスも…」
私が付け足すと先輩は眼を見開いて、
「山岸……そうか、彼は本当に良い友人を持ったな……わかった せめて私だけでも葬儀には出席しよう」
そういって微笑んだ。
それから先輩は移動や喪服の手配をすると言って二階へ上がっていった。


「…私達の言葉……有里君に、届いたかな…」
私がつぶやくと順平君は
「当たり前だろ」
と力強く頷いてくれた。


×


「先輩、その…有里君と……一緒に行くんですか?」

翌日、大体の準備を終えラウンジで迎えを待っていると山岸が遠慮がちに聞いて来た。
一緒に、というのは恐らく彼の遺体と共に葬儀場へ向かうのか ということだろう
「…いや、私は家の車で別行動になるな…」
「そうなんですか……あ、すいません…深い意味は無いんです ただ…先輩が一緒だったら
 有里君も寂しくないかな…って思って」
山岸はそう言うと小さく微笑んだ。
私もつられて微笑むと、ちょうど玄関に車が停まる音がした。
「―――来たみたいだな」
そういって荷物を取り上げようとすると、玄関のドアが開いた。

「お久しぶりです お嬢様」
玄関先で一礼したメイド――菊乃は、私の前まで来ると荷物を預かり山岸にも一礼した。

「お久しぶりです」
山岸は自分が挨拶されるとは思ってなかったようで、慌てつつも礼を返した。
「あ…えっと、お久しぶりです…斎川…さん…でしたっけ…」

「はい、お傍御用を仰せつかっております…斎川菊乃と申します…
 昨年はお嬢様にお力添えをいただき…ありがとうございました」
菊乃が深々と礼をするのを山岸は遮って
「いえ!いいんです…そんなにかしこまらなくっても…私は、私達は出来ることを
 しただけですから……」
「そうですか…でも、ありがとうございます」
そういって菊乃は微笑んだ。

「…日程は?」
私が訪ねると
「はい、先ほど有里の家の方がお嬢様のご学友を連れに病院へ向かいました
 我々はこれより葬儀場へと向かい一泊、翌日に親族のみでの通夜、それから葬儀となります」
と答えた。
「そうか…わかった」

「先輩、あの…お願いしますね」
「ああ、君らの厚意…必ず伝えよう」
挨拶を交わして私は寮を出た。



×



車内で菊乃は、香典を一つ差し出してきた。
「……これは?」
見ると”御霊前 桐条英恵”と書いてある
「奥様に事情をお話したところ…お嬢様の大切なご友人ならば…と私にこれを…」
「…お母様が……」
受け取りつつ言葉を詰まらせると、
「私はお会いしたことが有りませんでしたが…お嬢様やあの寮にいらっしゃった方の
 ご様子を伺うに、とても大切な方だったんですね…」
と菊乃が呟いた。

「……ああ、彼は私だけじゃない…私達全員、誰にとっても大切な仲間だ」
それだけは、確信を持って言える。
彼は…私達SEESの中心だった――彼がいなくなった今になって、改めて気づかされた事だ。

「奥様は、もし桐条の名前が出ることで妙な事になるのだったら少々非礼になるかもしれない
 けれど別の香典と合わせるように と言っておられましたが…どうなさいますか?」
お母様は…彼の家について……気づいていたのか
私の表情に言わんとすることを察したのか、
「10年前はかなり上位に名前が挙がるお家柄でしたから…現在はだいぶ家自体も小さくなって
 今回の葬儀も集まる方はごく僅かになると伺いました」
と付け足した。
「…そうか……彼ならば…きっと家についてはこだわらないだろう…なにせこの一年、桐条の娘
 である私と屋根を同じくしていながら、一度も家の事を口に出さなかったからな…」
彼はきっと家柄よりも大切なものを見ていたんだろう…
「わかりました…では、このままにいたします」

それから数時間車を走らせ、宿泊場所に着いたのは夕方だった。
夜は菊乃とこれまでの活動や彼の話をした。
菊乃は彼について、
「私も是非お会いしたかったです…」
と、本当に悔しそうに呟いていた。



×



葬儀の数十分前に黒無地を着て葬儀場へ行くと、なにやら表が騒がしくなっていた。
見ると、僧侶が彼の親族らしき人間に何かを言っているようだった。
「…何があったんだ?」
私が呟くと、同じく黒無地を着た菊乃が
「確認して参ります…しばしお待ちを」
と言い残し、騒ぎの中へ入っていった。


戻ってきた菊乃は、なにやら複雑そうな顔をしていた。
「なんだったんだ?」
私が訪ねると、
「…あの僧侶の方は……どうやら、有里さんのお知り合いのようなんです」
と言った。
「何?」

彼の…知り合い…? 僧侶が…?
待てよ……確か伊織がそんなことを言っていたような…
「…話を聞いてみよう」
私がそういって歩き出すと、菊乃は何も言わず後をついてきた。


「だーかーら!何でコイツが死んだのかってきいてんじゃねぇかよ?
 あんたらコイツの身内だろうよ?何で答えられねえのよ?ああ?」
近づいてみると、僧侶の言う言葉が聞こえてきた。
彼の親族は皆一様に困ったような顔をしている。
僧侶だというのに妙に言葉遣いが荒いと思ったが、今はそんなことを気にしている場合
では無いと考え、声をかける。

「失礼、貴方は彼のお知り合いなんですか?」

突然の問いかけに僧侶だけでなく、彼の親族も驚いた顔をする。
「…アンタ、誰よ?アイツのコレかい?」
そういって僧侶は金の指輪のはまった小指を立てた。
「……失礼な…」
菊乃がそう呟いたが、私はそれを遮って
「私は…彼の友人です。彼の友人を代表して、葬儀に参列させていただきたく参りました。」
名前は名乗らずそう言うと、
「なんでぇ……アイツ、友達いねえなんて言いながらこんな綺麗なお姉ちゃんがいるんじゃ
 ねえかよ…そういや去年も男友達と街歩いてたっけなぁ…」
と呟いた。
「…貴方は、彼の知り合いなんですか?」
もう一度尋ねると
「…あぁ、俺ぁなまぐさ坊主でよ…前にちょーっと夜の店でアイツと会ったのよ……
 んで、説教したりされたりした仲でよ…俺が女房とせがれとヨリ戻したときにもう
 会う事もあるめぇって思ってたらよ……呼ばれた葬式でアイツが死んでんだな……
 んで、こんな再会の仕方ってあんのかよ…ってことでコイツが死んだ理由聞いてんのに
 身内のだーれも答えねぇのなぁ……」
とどこか寂しそうに彼の親類を見回す。

「…彼は、遠方の高校で一人寮生活を送っていました…ですから、親族の方に尋ねられても
 答えることは難しいでしょう…彼のことでしたらこの1年共に高校生活を送った
 私がある程度お答えできるかと思いますが…」
そう言うと僧侶は
「そうか…あいつは俺に説教垂れつつも頑張ってたのなぁ………まぁ、詳しい話は中でしようや」
そういって早々に葬儀場へ入っていった。
彼の親族も顔を見合わせつつ中へ入っていき、私と菊乃は記帳を済ませてから通された部屋に入った。
部屋にはすでに先ほどの僧侶が座っており、私達に気づくと声をかけてきた。

「葬式までまだ多少時間有るからよ…すまねぇがアイツのこと…教えてくれねぇかい?」
私はそれを承諾して僧侶の前に座ると、彼の事を話し出した。



話し終わると僧侶は僅かに目元を押さえ、
「そうかぁ……アイツが肺炎なんてもんで逝っちまうなんてなぁ…あんな殺しても死なねぇ様な
 態度してたのによぉ…なんでアイツが死んじまわねぇといけなかったんだろうなぁ…」
と呟いた。
「…………」
私は僧侶の言葉に返す言葉が無く、黙って俯く事しか出来なかった。

それから僧侶は暫く黙っていたが、ふと顔を上げると
「なら……アイツの葬式に俺が呼ばれたのも何かの縁だろ…立派な経唱えて俺の坊さんらしいとこ
 …ちゃーんと見せてやらにゃあ……」
と笑って部屋を出て行った。

それから暫くすると、今度は妙齢の女性が部屋を訪れた。
「貴方は……」
私が訪ねると、女性は小さな声で
「……湊の…叔母です」
と答えた。それから、
「この度は…わざわざお越しいただいて…ありがとうございます」
といって礼をした。
「…いえ、当然のことです」
礼を返すと、彼の叔母は
「あの子は……そちらの学校で…どんな様子でしたか?」
と尋ねてきた。
「彼は……誰とも真っ直ぐに向き合い、とてもよい友人を持っていました。
 そして…その友人達の、良き理解者だったと思います…」
彼の部屋で見つけた様々な品を思い出しながら言うと彼女は
「そう、ですか……」
と呟き、肩を震わせてハンカチで眼を押さえた。
「…すみません……突然に…、私が…あの子を……遠ざけたから………あの子は、いつも
 苦しんでいたんじゃないかって…あの子がいなくなった今になって思うんです……
 私が、家の事に気を取られて……あんな風に扱わなかったら…あの子は…湊は…
 いなくならずに済んだんじゃないかって……考えるんです…ごめんなさい……あの子を
 ずっと傍で見ていた貴方達の前で…ごめんなさい……」
そういって何度も頭を下げる。
彼女はどうやら、私が桐条の娘だと気づいているようだった。

「…こんな言い方は……失礼だと思うのですが」
ずっと黙っていた菊乃がぽつりと呟いた。
「私は…、もしも叔母様が彼を普通の甥として扱っていたなら……お嬢様やその友人のみなさんは
 彼と会う事が無かったかもしれません…私は話を聞いただけですが…皆さんは、彼と出会った事を
 …出会えた事を…誇りに思うと思います……ですから…今、叔母様がその様に考えていらっしゃる
 ……それだけでも、彼は報われるんじゃないでしょうか…」

その言葉に、彼の叔母ははっとして顔を上げた。
菊乃はそこで言い過ぎたと思ったのか
「……すみません、差し出がましい真似を致しました」
といって頭を下げた。
彼の叔母はその言葉に首を振ると、
「いえ……ありがとうございます…」
と泣きながら呟いた。

私は彼女に、寮を出る前に預けられた香典や献花代、それからお母様からの香典を差し出した。
彼女はそれを受け取って
「…ありがとうございます……大切に収めさせていただきます……湊は…本当に沢山の…良い
 友人を持って……私には、もったいない位だわ…」
と呟いた。

「…それと…もし、そちらさえよろしければ…これを棺……いえ、骨壷に収めてはいただけませんか?」
私は鞄から桐の小さな箱を取り出し、彼女に差し出した。
準備する際に菊乃に言って急遽取り寄せて貰った箱だ。
「…これは……?」
彼の叔母は箱を受け取ると、私に尋ねてきた。
「彼がずっと愛用していたものです」
私がそういうと彼女は箱を開けた。

中には彼がいつも付けていた携帯音楽プレイヤーが入れてあった。
学校でも、タルタロスの探索でも、ニュクスに立ち向かった時もずっと彼の首から下がっていたもの…
ずっと彼を見守ってきたプレイヤーを、彼の眠る所に一緒に入れてやりたかった。

「これ……ずっと、あの子が…付けていたんですか?」
幾分か涙の引いた叔母が箱の中のプレイヤーを見下ろして言う。
「…はい、学校へ行く際も、休日も…ずっと…彼の首に提がっていました」
そういうと叔母は泣き笑いのような顔をして、箱を大切そうに胸に抱いた。

「……これは…私が…あの子の高校の合格祝いに送ったものだったんです…」
大切そうに、箱を抱いて彼女は言った。
「でも…1年で高校を変えさせてしまって……使ってないものとばかり思っていたのに…」
彼女の眼からは、また涙が零れ落ちた。


「……ごめんなさい………湊…」


それから彼女はひとしきり泣いた後、
葬儀の時間になったら呼びに来ると告げて部屋を去っていった。

彼女が去ってから、菊乃が遠慮がちに呟いた。
「…あの、お嬢様……」
「……何だ?」
私が返事をすると、菊乃は
「私は、彼の事を…お嬢様に説明されたことしか知りません…ですが……今回彼と、
 彼の叔母様との間の何かが修復された…そんな風に思えます」
と言った。

親に売り渡された彼女だからこそ、彼の境遇に思う所があるのだろう。
私はそう思い、同時に彼女と同じ思いを抱いていた。

「……そうだな」


×


「……行かないでッ…!」

自分の声で眼が覚めた。
深夜の学生寮、わたしはいつの間にか伸ばしていた手を力無く下ろすと、深い溜息を吐いた。
湊さんが居なくなってから、もう4日程経った。
あれからずっと部屋から出ていないから、正確にはわからないけれど…

昨日は彼とのお別れ会があったらしい
…けれど、私は参加しなかった。
彼と縁のある人たちを見ていると、嫌でも彼との思い出が蘇ってしまう


いくら悲しんでも消えない喪失感
わたしは夢の中でずっとずっと彼を追いかけていた。
……どれだけ追いかけても――本来ならわたしの方が脚は速いはずなのに――追いつけなくて、
暗闇の向こうに消えていく彼に手を伸ばしても、わたしの手が彼に届くことは無い。

「わたしは……あなたを守る事を…生きる証にすると決めたのに……あなたは、もう…
 手の届かないところへ…行ってしまったんですね……」

人間は死んでしまったら魂があの世へ行って……
お彼岸やお盆に帰って来るんだと前に何かで聞いた気がする。

…けれど、わたしは機械……どれだけ願っても人間にはなれない。
わたしが機能を停止したところで…わたしには魂が無い………
湊さんに会って、”こころ”を持つことが出来ても、こればかりはどうしようもない…

「…わたし、これから……どうしたらいいの…?あなたを失って……生きる証を失って……
 ”生きて”ゆけるの………?」
夢を見るようになってから、毎夜問いかける事
わたしにとって、彼は…本当に大きな…こころの大部分を占める事だった

ニュクスを退けて…影時間が無くなって……わたしの、対シャドウ非常制圧兵装としての存在意義も無くなって…
それからずっと記憶を失って……思い出した時に”あなたを守る”と湊さんと約束したこともすぐに守ることが出来なくなって…
どうして、もっと早く思い出すことが出来なかったのか…あるいは、どうしてもっと早くに彼の体に起こる異変に
気づくことが出来なかったのか…わたしはずっとその後悔に苛まれていた。
わたしは湊さんが一人ニュクスコアへと向かって――そして、帰ってきて――
桜の舞う屋上で眠りについた――その情景を何度も何度も思い返す

何度思い返しても、後悔しても、彼が戻ってくることは無い
彼が死んでしまったのは、誰のせいでもない
それはわかっているつもりだった
けれど、それでも”もしも”を想像することを止められない


自分がどうにかなってしまいそうだった
朝も夜もずっとわたしのこころには彼を失った喪失感がくすぶっていて
体を引き裂かれるような悲しみが全身を支配していた。

”僕は今ここに居るよ”

”泣かないで…大丈夫だから……”

大丈夫だと言った彼はもういない…
同じようなことが何日もぐるぐると頭の中を巡っていて
自分ではこの悲しさをどうしようも出来なかった。



「…………湊さん…」

わたしの声は、暗闇に溶けて消えるだけだった





×



――――それから、数日後








「………ここは……?」

気づいたとき、私は巨大な円形闘技場の中心に立っていた。
赤茶けた石造りの建物…そう、古代ローマのコロッセオの様な…

「…私は……」
自分の両手を見下ろす。蝶の様な装飾の付いた……機械の掌を
下げた視線の先には、床に置かれたクロスロッドの柄も見える。
(………どうして、ここに…)
心の中で呟いた時、悲鳴が響いた

”……行かないで!!!”

聞き覚えのある声に、ハッとして顔を上げる
辺りを見回しても、声の主は見えない
(……今の声は………私は…)
ふと、私の中にひとつの"予感”が湧き上がった
どうしようもない不安のような…耐え切れない悲しみのような…
どこか遠く一点を見つめて、私は”予感”の先にある人物を思い浮かべる


「………姉さん…」



私の頭の中にあるのは金髪碧眼のショートカットをした少女の姿
暗闇の中に一人座り込み、項垂れている

その少女が像を結んだとき、私の中の不安感が一層強くなった
鼓動の代わりのパピヨンハートの胎動に合わせる様に、どんどんと大きくなる――予感



(……姉さんは………必ず私が助けてみせる…)

私は決意と共に表情を引き締めると、
クロスロッドを掴み、円形闘技場の豪奢な扉を開け”外”を目指した。
どうしようもない運命から、姉さんを助け出すために。
……その為ならば、私はなんだってしてみせる











この時、わたしたちには知る由も無かった。
”彼”がいなくなったわけを
シャドウとペルソナ…相反する二つの力の関係を
わたしたち自身が招きよせた現象を……


そして時は3月31日へと進む―――





アトガキのようなもの
だいぶ妄想入れまくってます。というかほぼ妄想です(汗
書くきっかけは、主人公が死んだ事を神木さんが知ったら、
「…君が僕よりも先に逝ってしまうなんてね……」って言う、絶対言う
と妄想したところから始まりました。(ラストは知ってましたがクリアはしてなかったのです)
…しかしアトラスはそこを大きく裏切って、3月の3日か4日に彼を先に行かせてしまいましたorz
P3Pクリアしたときにはもう書き始めていたので諦めてできる限りコミュキャラを出して
主人公が死んでしまってどんな思いを抱いたか、を書くことを目指しました。
(一部田中社長とか末光とかでてないんですが…すいません)
葬式ネタも無達出したいが故です もうなんでもありです
できるだけリアル感出そうと迷走してる感じですが、無事完結できて幸いです。
サイト内で一番初めに書き始めた小説のはずが…こんなに遅くなってしまいました
待っててくださった方、お待たせしました そして読んでくださりありがとうございました。
この小説でキャラクター達をいかに上手く表現するかとか、そういう部分が磨かれたと思います
次はP3Pで何か書いていきたいなと思います。長々と失礼しました



フレーム未対応、携帯電話の方は以下のリンクから戻ってください。
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